発表者
Mark Joseph Desamero(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 博士課程)
角田 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 准教授)
チェンバーズ ジェームズ(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 助教)
内田 和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 准教授)
八村 敏志(東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センター 准教授)
高本 雅哉(信州大学医学部 特任教授)
中山 淳(信州大学医学部 教授)
中山 裕之(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)
久和 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)

発表のポイント

◆ コンブにはグルコースが主にβ1,3-結合で繋がった多糖類・βグルカン(ラミナラン)が豊富に含まれます。
◆若齢時より胃上皮細胞の過形成・異形成分を経て分化型胃がんを自然発症するA4gnt欠損マウスは、基礎研究に有用な疾患モデル動物です。
◆ラミナランを摂取した疾患モデルマウスは前がん状態の胃上皮異形成が軽減し進行が遅れることから、コンブなどの海藻類の摂取は胃がんの発症予防に繋がる可能性があります。

発表概要

βグルカンはグルコースからなる多糖類であり、健康食品として注目されている食品成分です。コンブなどの海藻にはβ1,3-結合が主成分の可溶型βグルカン(ラミナラン)が豊富に含まれています。本研究では、若齢時より胃上皮細胞の過形成・異形成分を経て分化型胃がんを自然発症する疾患モデル動物(A4gnt KOマウス)を用いて、可溶型βグルカン投与が胃粘膜異形成の進展に与える影響を検討しました。
  異形成を発症する時期のA4gnt KOマウスに、ラミナランを100mg/kgの容量で3週間、毎日経口投与を行なったところ、胃粘膜肥厚や多核白血球の浸潤が抑制され、粘膜上皮細胞の増殖および血管新生が減少しました。また、サイトカインやケモカインなどの遺伝子発現にも変化が認められました。これらのことから、海藻由来可溶型βグルカンの経口投与は前がん状態の胃粘膜異形成の進展を抑制する作用を持つことが示唆されました。すなわち、ヒトにおいてもコンブなどの海藻類を日常的に摂取することが胃がんの予防に繋がる可能性が考えられました。

発表内容

図 胃がんモデル動物A4gnt KOマウスの幽門部付近に認められる粘膜肥厚(矢頭部分)は、ラミナラン投与により軽減します。 切開した胃の写真(上段)と肥厚した胃粘膜(異形成状態)の組織像(HE染色)(中段)、および肥厚粘膜の厚さの測定結果(下段グラフ)。 (拡大画像↗)

βグルカンはβ1,3グリコシド結合を主骨格とするD-グルコース鎖の多糖であり、多彩な生物活性を持つことが報告されていることから、健康食品としても大いに注目されています。真菌や海藻類などの細胞壁に豊富に含まれていますが、その由来によりβ1,6-あるいはβ1,4-分岐鎖を含む多様な構造を持つなど、その生物活性は由来や形状により大きく異なります。また、キノコに由来する一部のβグルカンには抗がん作用があるとの報告がなされていましたが、前がん状態の組織に対する効果はこれまで報告がありませんでした。そこで本研究では、βグルカン投与が胃粘膜異形成の進展に与える影響について、疾患モデル動物を用いたin vivo検討実験(注1)を行いました。
  疾患モデル動物としては、胃のムチンが持つ特異的O型糖鎖構造であるα1,4-N-アセチルグルコサミン(注2)を欠損するA4gnt遺伝子欠損(KO)マウスを用いました。A4gnt KOマウス(注3)は、若齢時より胃上皮細胞の過形成・異形成(注4)分を経て胃がんを自然発症する分化型胃がんの疾患モデルマウスであり、信州大・中山淳教授らにより開発されました。異形成を発症する時期(12週齢)のA4gnt KOマウスに対して、海藻由来の可溶型βグルカンであるラミナラン(β1,3-結合が主成分で、分子量が5,000以下:アラメEisenia bicyclis由来)を3週間、毎日100mg/kgの容量で経口投与を行いました。コントロールの溶媒のみ投与したA4gnt KOマウスと比較して、ラミナランの経口投与を行ったマウスでは、胃粘膜肥厚や多核白血球の浸潤が抑制され、粘膜上皮細胞の増殖および血管新生が減少していました。また、サイトカインやケモカイン(注5)などの遺伝子発現にも変化が認められましたが、その中でも特に、抗炎症性サイトカインIL-10(注6)の遺伝子発現が上昇していました。その産生細胞を免疫染色により調べたところ、予想に反して免疫系の浸潤細胞ではなく粘膜上皮細胞において発現が誘導されていました。
   本研究により、海藻由来可溶型βグルカンの経口投与は前がん状態の胃粘膜異形成の進展を抑制する作用を持つことが示唆されました。私たちは先行研究として、大腸炎の疾患モデル動物を用いた研究からラミナランの経口摂取は炎症性腸疾患の症状を軽減させることを報告(当研究科プレスリリース:http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2015/20150817-1.html)していますが、今回の研究からは、コンブなどの海藻類を日常的に摂取することが胃がんの発症予防にも繋がる可能性が考えられました。

発表雑誌

雑誌名
:「International Immunopharmacology」60:211-220 (2018)
論文タイトル
:Orally administered brown seaweed-derived β-glucan effectively restrained development of gastric dysplasia in A4gnt KO mice that spontaneously develop gastric adenocarcinoma.
著者
:Mark Joseph Desamero, Shigeru Kakuta*, James Kenn Chambers, Kazuyuki Uchida, Satoshi Hachimura, Masaya Takamoto, Jun Nakayama, Hiroyuki Nakayama, Shigeru Kyuwa
DOI番号
:10.1016/j.intimp.2018.05.002
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1567576918302042

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 実験動物学研究室
准教授 角田 茂(かくた しげる)
Tel: 03-5841-5037
Fax: 03-5841-8186
E-mail:akakuta<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL: http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/jitsudo/

用語解説

注1 疾患モデル動物を用いたin vivo検討実験
動物を用いた生体での実験をin vivo実験といい、培養細胞などを用いた試験管内実験(in vitro)と対比されます。in vitro実験では対象とする細胞種が限られること、代謝反応後の物質の効果は反映されないなど不十分であることから、被験物質の生体における作用を調べるにはin vivo実験が優れています。ただし、適切な疾患モデル動物を適切な実験条件および方法で使用する必要があります。
注2 α1,4-N-アセチルグルコサミン
腺胃の深部粘膜と十二指腸にのみ存在する極めて特徴的な糖鎖構造で、主に粘液を構成するムチンのO型糖鎖の還元末端に認められます。α1,4-N-アセチルグルコサミン転移酵素の作用により生成されます。ヒト胃がん患者においては、一部α1,4-N-アセチルグルコサミンが消失していることが確認されており、分化型胃がん患者ではその発現と予後が相関することが報告されています。
注3 A4gnt KOマウス
α1,4-N-アセチルグルコサミン転移酵素をコードするA4gnt遺伝子の欠損マウス。胃粘液ムチンのα1,4-N-アセチルグルコサミンの糖鎖構造を完全に消失しています。胃上皮細胞の進行性の過形成・異形成を経て、最終的には分化型胃がんを自然発症(50週齢程度)することから、胃がんの疾患モデルマウスとして利用されています。α1,4-N-アセチルグルコサミンによる胃粘膜細胞の慢性的異常増殖の分子機構については未だ不明で、現在、信州大・中山淳教授らの研究グループとの共同研究により解析を進めています。
注4 胃上皮細胞の過形成・異形成
細胞分裂が亢進して組織が増生し、通常よりも細胞の数が多くなった状態を過形成、そこから正常では見られない形態になった状態を異形成と言います。高度異形成は前がん病変とされています。
注5 サイトカインやケモカイン
特定の細胞が産生し、標的細胞の細胞膜上に存在する特異的受容体に結合することによりシグナルを伝える(糖)タンパク質性の細胞間情報伝達物質。様々な疾患において病態形成に重要な役割を担っていることから、治療標的分子としても注目されています。
注6 IL-10
代表的な抗炎症性サイトカイン。炎症を強く抑制する作用を持ちます。特に消化器系疾患においては、炎症のコントロールに極めて重要な役割を担っています。
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