発表者

丹野 和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程2年;研究当時)
前島 健作(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
宮﨑 彰雄(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程3年)
鯉沼 宏章(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程2年)
岩渕  望(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程2年)
山次 康幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント

◆植物病原細菌ファイトプラズマ(注1)による植物病の特効薬を発見しました。
◆薬剤の探索には、対象の細菌の培養が必要ですが、ファイトプラズマは培養ができないため、特効薬の発見が困難でした。今回、ファイトプラズマを感染させた植物を培地上で培養する「逆転の発想」により、ファイトプラズマ病特効薬探索が容易になりました。
◆今後、さらに安価・安全・強力な薬剤を発見し、利用技術の開発が進めば、世界中で問題となっているファイトプラズマ病の根絶に繋がることが期待されます。

発表概要

  ファイトプラズマは植物の篩部に寄生する病原細菌であり、1,000種以上の植物に病気を引き起こし、世界中の農業生産に甚大な被害を及ぼしています。有効な薬剤がなく抵抗性品種も見つかっていないため防除が難しく、解決策が求められていました。
  東京大学大学院農学生命科学研究科の前島健作助教と山次康幸准教授らのグループは今回、培養困難なファイトプラズマを植物に感染させたまま培地上で培養するという、「逆転の発想」により、ファイトプラズマを植物から完全に消し去る特効薬を効率的に発見する方法を考案し、複数の特効薬を見つけました。これらの薬剤は、植物体内におけるファイトプラズマを消し去り、植物を回復させました。
  本研究成果は、ファイトプラズマ病の特効薬としての活用が期待されるとともに、歴史的または商業的に価値のある樹木等の治療、ファイトプラズマへの遺伝子工学的利用技術の開発など、幅広い用途が期待されます。また、この技術は、培養困難なほかの病原体の特効薬スクリーニングにも利用できます。

発表内容

図1 本研究における薬剤スクリーニング法の特徴
一般細菌は培地上で生育するため、培地に薬剤を添加することで容易に薬剤の効果を検証できるが、ファイトプラズマは培養困難なため、同様のスクリーニング法は適用できなかった。今回、感染植物を植物用の人工培地(MS培地)上で生育させることで、ファイトプラズマを培地上で間接的に培養できることに着目し、高効率で安定的な薬剤スクリーニング法を開発した。 (拡大画像↗)

図2 治療薬のスクリーニングと治療効果
作用機作の異なる40種類の抗生物質を試した結果、ファイトプラズマの蓄積量を著しく減少させ治療効果をもつ有効薬剤を複数見出した。なお、ファイトプラズマはゲノムの退行的進化により薬剤のターゲットとなりうる代謝系の大半が失われているうえ、細胞壁を持たないため、ペニシリンに代表されるβラクタム系の細胞壁合成阻害剤などは効き目がない。(拡大画像↗)

1. 研究の背景
  ファイトプラズマは、1967年に故土居養二東京大学名誉教授によって発見された、植物の篩部に寄生しヨコバイなどの昆虫により媒介される植物病原細菌であり、1,000種以上の植物に萎縮や黄化、枯死などの激しい症状を引き起こし、今日でも世界中の農業生産に甚大な被害をもたらしています。ファイトプラズマを農薬により防除することは困難であり、当時発見された唯一の有効な抗生物質「テトラサイクリン」も、使用をやめると再発するため、伝染源となる感染植物の早期発見・除去と、媒介昆虫の駆除に頼るほかありませんでした。
  一般に、細菌に対する薬剤の探索は、薬剤を加えた人工培地上で細菌を生育させ、その細菌の生育が抑えられるかどうかを判断しておこなわれます。これまで多くの細菌に対して色々な薬剤が発見されていますが、ファイトプラズマの特効薬は見つかっていません。その最大の原因は、ファイトプラズマが人工培地上で培養できないことにありました。

2. 研究内容
  今回、前島健作助教と山次康幸准教授らのグループは、ファイトプラズマに感染した植物を植物用の人工培地上で雑菌が生えないようにして培養し、その培地に色々な薬剤を添加して効果を検証する画期的な探索法を考案しました。この方法を用いて色々な薬剤を試した結果、これまで効果が確認されているテトラサイクリン系に加えて、リファマイシン系とフェニコール系の薬剤が有効であることを発見しました。また、薬剤を含む培地上で4カ月生育させた植物ではファイトプラズマが死滅しその後検出されなくなったことから、薬剤によるファイトプラズマの完全な除去と治療が可能であることが示されました。興味深いことに、ファイトプラズマは近縁なマイコプラズマ(注2)と比べて、有効な薬剤の種類が一部異なっていました。この違いは、これらの薬剤のターゲットとなるファイトプラズマの遺伝子配列の変異により説明できることがわかりました。このことから、ファイトプラズマの遺伝子配列を調べれば、薬剤への感受性を予測できることが分かりました。

3. 考察・社会的意義
  本研究により、ファイトプラズマが発見されて50年を経て初めてファイトプラズマ病特効薬の効率的なスクリーニング法が確立されただけでなく、新たな特効薬を発見しました。本研究の成果は、これまでのファイトプラズマ病対策を一変させることになります。この新たなスクリーニング法を活用することにより、ファイトプラズマ病特効薬探索が容易になりました。また、ターゲットの異なる薬剤を複数組み合わせたり、成長点培養や熱処理などの技術と併用すれば、さらに効果的な治療法が確立できます。これらの成果は、農業現場だけでなく、歴史的または商業的に価値の高い樹木や球根など栄養繁殖性植物の治療や、ファイトプラズマへの遺伝子工学的技術の利用に向けた選抜用薬剤など、幅広い用途に活用できます。ファイトプラズマ以外にも、カンキツグリーニング病菌など培養の困難な植物病原細菌など、農業生産上重要な植物病に対する効果的な治療薬剤の開発への利用も期待されます。

  なお、本研究は日本学術振興会科学研究費補助金の支援を受けておこなわれました。

発表雑誌

雑誌名
Microbiology
論文タイトル
:Comprehensive screening of antimicrobials to control phytoplasma diseases using an in vitro plant-phytoplasma co-culture system
著者
:Kazuyuki Tanno, Kensaku Maejima, Akio Miyazaki, Hiroaki Koinuma, Nozomu Iwabuchi, Yugo Kitazawa, Takamichi Nijo, Masayoshi Hashimoto, Yasuyuki Yamaji, Shigetou Namba
DOI番号
:10.1099/mic.0.000681
論文URL
http://mic.microbiologyresearch.org/content/journal/micro/10.1099/mic.0.000681

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
助教  前島 健作(まえじま けんさく)
准教授 山次 康幸(やまじ  やすゆき)
Tel:03-5841-5092
Fax:03-5841-5090
E-mail:amaejima<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
     ayyamaji<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/planpath/
        http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/cps/

用語解説

注1 ファイトプラズマ
1967年にマイコプラズマ様微生物(mycoplasma-like organism, MLO)として日本で初めて発見された、ファイトプラズマ属(モリキューテス綱)に分類される植物病原細菌。細胞壁を欠いた直径0.1〜0.8 μmの不ぞろいな粒子状で、細菌の中でも最小である。植物の篩部に寄生し、ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと媒介される。植物に黄化病、萎縮病、天狗巣病、葉化病などの特徴的な病気を引き起こし、最終的には枯死させる。1,000種以上の植物に感染し、世界各地の果樹や熱帯地域のココヤシ、サトウキビなどで大きな問題となっており、日本でも養蚕業に欠かせない桑や、イネ、サツマイモの生産に甚大な被害を及ぼしてきた。
注2 マイコプラズマ
ファイトプラズマと同じモリキューテス綱に分類される動物病原細菌。ヒトや家畜の呼吸器に感染することで引き起こされるマイコプラズマ肺炎が有名。マクロライド系やキノロン系、テトラサイクリン系の抗生物質が有効だが、マクロライド系では耐性菌の出現が問題となっている。なお、本研究においてマクロライド系とキノロン系はファイトプラズマに対して有効ではないことが示された。