発表者
高井 嘉樹(山口大学大学院医学系研究科修士課程 学生:当時、東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻博士課程 学生:当時、現在 国立研究開発法人産業技術総合研究所 博士研究員)
小澤 理香(京都大学生態学研究センター 研究員)
高林 純示(京都大学生態学研究センター 教授)
藤井 沙季(山口大学農学部 学生:当時)
荒井 紀梨子(山口大学大学院医学系研究科修士課程 学生:当時)
一木 良子(国立研究開発法人国際農林水産業研究センター 主任研究員:当時)
肥塚 崇男(山口大学大学院創成科学研究科 助教)
道羅  英夫(静岡大学グリーン科学技術研究所 准教授)
大西 利幸(静岡大学グリーン科学技術研究所 准教授)
竹田津 桜(山口大学大学院農学研究科修士課程 学生:当時)
小林 淳(山口大学大学院創成科学研究科 教授)
戒能 洋一(筑波大学生命環境系 教授)
中村 達(国立研究開発法人国際農林水産業研究センター 主任研究員:当時)
藤井 毅(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任助教)
石川 幸男(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
木内 隆史(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
勝間 進(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
上船 雅義(名城大学農学部 准教授)
嶋田 透(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
松井 健二(山口大学大学院創成科学研究科 教授)

発表のポイント

◆カイコが分泌酵素を用いて、ヤドリバエに悟られないように植物の香り生合成を操作し「みどりの香り」の生成を抑制、安全にクワの葉を食べる戦略を獲得していたことを明らかにした。
◆この酵素は、これまでに知られていない新規発見酵素でチョウやガの仲間だけに見られる特徴的な酵素であることを明らかにした。

発表概要

山口大学大学院創成科学研究科農学系学域の松井健二教授と高井嘉樹(修士課程学生、後に東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程に進学、現在は産業技術総合研究所博士研究員)、小林淳教授らのグループは、東京大学大学院農学生命科学研究科の嶋田透教授と石川幸男教授らのグループ、京都大学生態学研究センターの高林純示教授らのグループ、国際農林水産業研究センターの中村達主任研究員らのグループ、静岡大学グリーン科学技術研究所の大西利幸准教授と道羅英夫准教授、筑波大学生命環境系の戒能洋一教授、名城大学農学部の上船雅義准教授と共同で、カイコが分泌する新規発見酵素が植物の香り生合成を操作し、天敵から身を守りながらクワの葉を食べる戦略を獲得していたことを実験的に明らかにしました。

発表内容

【背景】
植物の葉が食害を受けるとみどりの香りを直ちに作り、周囲に放散する。そのため、みどりの香りが出ている、ということは植食性昆虫が今まさに植物を食べている、という証拠になる。寄生バチや寄生バエのような寄生性昆虫は「元気」な宿主を探さなければならないが、みどりの香りを頼りにすれば「元気」に葉を食べている植食性昆虫を効率的に見つけることができる。植食性昆虫が寄生されると寄生されない時より早く死ぬので植物にとって寄生性昆虫を誘引することは生存に有利となる。植物による「間接防衛」である。植物による間接防衛が完璧だと植食性昆虫はほとんど寄生されて絶滅しかねない。そこで、植食性昆虫は植物による間接防衛を阻止しようとするはずだ。私たちはクワの葉-カイコ-寄生バエ(ヤドリバエ)からなる生物間相互作用でカイコが寄生バエに寄生されないために獲得した戦略について検討した。

【結果と考察】
カイコに食べられたクワの葉の食害痕にカイコが吐糸口から分泌した成分が塗り付けられていることを確認した。そこで、吐糸口を除去したカイコを用意し、クワの葉を食べさせ、葉から放出されるみどりの香りを定量した。吐糸口を除去したカイコによる食害痕にはカイコ由来の成分が塗り付けられておらず、このクワの葉から放出されたみどりの香りは正常な吐糸口を持つカイコに食べられたクワの葉から放出されたみどりの香りよりも多かった。つまり絹糸腺から分泌された成分中に植物のみどりの香り生成を抑制する成分が含まれていると考えられた。いくつかの実験の結果、カイコが葉を食べている間に出す分泌物には植物のみどりの香り生合成中間体を他の化合物に変換してしまう酵素が存在することを明らかにした。この酵素は脂肪酸ヒドロペルオキシドをケトジエン脂肪酸に変換する脱水酵素で鱗翅目昆虫に特異的に存在していることが分かった。
植物-植食者-肉食者からなる三者系ではそれぞれの構成員が種の生き残りをかけて新しい戦略を開発し、軍拡競争を繰り広げている。それでもなおこの三者の均衡が保たれているのはそれぞれの攻撃と防衛が未だに切磋琢磨している状態で勝敗が決していないためだと考えられる。今回の発見は、植物の香り物質を介した間接防衛によって植物と肉食者が結託している状況下で植食者が編み出した新たな戦略のひとつと言える。

【研究内容の背景、社会的意義、今後の展開】
みどりの香りは植物の生存戦略のひとつで植物が食害を受けると直ちに生成、放散され、直接防衛、間接防衛を担っている。この側面だけ見ると植物と植食者の生物間相互作用において植物が勝っている、となり、そのままだと植食者は消滅しかねないことになる。現実には植食者は消滅しておらず繁栄し続けているので植物の生存戦略をうまくかわす能力を獲得していると予想できるがこれまでその実体を明らかにした研究はなかった。本研究は虫が植物の代謝系を操作して自分に不利な香りを出させなくする仕組みの詳細を明らかにしたものでこれまで知られていない新しい知見である。
香りを介した生物間相互作用は生態系ネットワークを強固にする横糸といえる。その実際の様子を明らかにすることによって生態系がどのように成立しているのかを理解することができ、その知見をもって生態系の保全に役立てることができるに違いない。また、農業生態系でこうした香りを介した生物間相互作用を応用すると、より安全な農業生態系管理システムの構築が可能になるかもしれない。
今後、他の三者系(例えば、イネ—アワヨトウ-寄生バチ)で植食者絹糸腺由来分泌物がみどりの香り生成を抑制し、植食者の適応度を高めているのかを明らかにすることで本研究成果の一般化を試み、さらに当該酵素遺伝子を破壊した変異体を用意して生態系での本遺伝子の植食者適応度への貢献度を評価する。

【謝辞】
 本研究は、JSPS科研費JP26660095,JP25282234の助成を受けたものです。

発表雑誌

雑誌名
:Scientific Reports (2018)
論文タイトル
:Silkworms suppress the release of green leaf volatiles by mulberry leaves with an enzyme from their spinnerets
著者
:Hiroki Takai, Rika Ozawa, Junji Takabayashi, Saki Fujii, Kiriko Arai, Ryoko T. Ichiki, Takao Koeduka, Hideo Dohra, Toshiyuki Ohnishi, Sakura Taketazu, Jun Kobayashi, Yooichi Kainoh, Satoshi Nakamura, Takeshi Fujii, Yukio Ishikawa, Takashi Kiuchi, Susumu Katsuma, Masayoshi Uefune, Toru Shimada, Kenji Matsui
DOI番号
:10.1038/s41598-018-30328-6
論文URL
https://doi.org/10.1038/s41598-018-30328-6

問い合わせ先

山口大学大学院創成科学研究科 農学系学域 生物機能科学分野
教授 松井 健二(まつい けんじ)
Tel:083-933-5850
E-mail:matsui<アット>yamaguchi-u.ac.jp <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室
教授 嶋田 透(しまだ とおる)
Tel:03-5841-8124
E-mail:shimada<アット>ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。