発表者
戸田 安香 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・共同研究員:当時、明治大学農学部農芸化学科・研究員)
中北 智哉 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・博士課程:当時、京都大学大学院医学研究科・研究員)
広川 貴次 ((国研)産業技術総合研究所創薬分子プロファイリング研究センター・研究チーム長)
山下 有紀 (キッコーマン株式会社研究開発本部)
中島 文子 (キッコーマン株式会社研究開発本部)
成川 真隆 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・特任助教)
石丸 喜朗 (明治大学農学部農芸化学科・専任准教授)
内田 理一郎 (キッコーマン株式会社研究開発本部)
三坂 巧 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・准教授)

発表のポイント

◆天然香気成分であるメチオナールが、旨味受容体の活性調節能を有していることを明らかにしました。
◆メチオナールは旨味受容体の膜貫通領域に作用しており、ヒト旨味受容体においては結合ポケット上部に作用し受容体活性を増強している一方で、マウス旨味受容体においては結合ポケット下部に作用し受容体活性を抑制するという、メチオナールの持つきわめてユニークな性質が明らかとなりました。
◆我々が日常摂取している食品に含まれるメチオナールは、アミノ酸や核酸など他の旨味成分と協調し、世界中の人々の「食のおいしさ」に貢献していることが示されました。

発表概要

東京大学・キッコーマン株式会社らの共同研究グループは、天然香気成分メチオナールに、旨味受容体(T1R1/T1R3)の活性調節能が存在することを明らかにしました。メチオナールの作用部位はT1R1サブユニットの膜貫通領域内に複数存在し、その作用様式の違いにより、ヒト旨味受容体においては活性増強を、マウス旨味受容体においては逆に活性抑制を引き起こすことが示されました。メチオナールはアミノ酸から作られる物質であり、醤油・チーズ・トマトなど、日常用いられる食材・調味料中にも、主要な香気成分として含有されています。つまり、世界各国で用いられている食材には、ヒトに対する旨味増強成分が共通して含まれており、知らず知らずのうちに「食のおいしさ」に貢献していることが、今回の成果から明らかになりました。

発表内容

図1 メチオナールの作用メカニズム
既知のリガンドであるグルタミン酸や核酸はT1R1サブユニットの細胞外領域に結合する。一方、メチオナールはT1R1サブユニットの膜貫通領域に結合する。メチオナールの結合部位は膜貫通領域のリガンド結合ポケットの上部(赤色)と下部(青色)に2ヶ所存在し、リガンド結合ポケット底部に存在するアミノ酸残基(黄色)の違いにより、どちらの部位に結合するかが決定されると考えられた。 (拡大画像↗)

【研究の背景】
 旨味物質は食品の味を美味しくするだけでなく、減塩効果も有するため、食品産業でも注目されています。脊椎動物において、旨味物質はGタンパク質共役型受容体(GPCR)(注1)であるT1R1とT1R3のヘテロダイマーによって受容されています。一般的にGPCRには、本来のリガンドが結合する部位とは別の部位(アロステリック部位)に結合し、受容体活性を調節する物質(アロステリックモジュレーター)が存在することが知られています。しかし、これまで旨味受容体におけるアロステリックモジュレーターとして、イノシン酸・グアニル酸といった核酸類と、幾つかの人工化合物しか知られていませんでした。その理由の一つとして、ヒト旨味受容体の機能解析がきわめて難しいことが挙げられます。我々の研究グループではこれまでに、高感度な旨味受容体の機能解析技術の構築に成功しています。本研究においては、独自の高感度評価系を用いて、旨味受容体の新規活性調節物質の探索を行いました。

【研究内容】
 培養細胞発現系を用いて旨味受容体の機能解析を行い、天然香気成分であるメチオナールが、ヒト旨味受容体のアミノ酸に対する応答を有意に増強することを見出しました。旨味受容体の既知のアロステリックモジュレーターであるイノシン酸とメチオナールの同時添加試験を行った結果、メチオナールとイノシン酸はそれぞれの増強効果を相殺せず、ヒト旨味受容体を更に活性化させたことから、メチオナールはイノシン酸とは異なる部位に結合することが示唆されました。
 一方で、メチオナールの効果をマウス旨味受容体でも確認したところ、ヒト旨味受容体とは逆に活性抑制効果を示すことが明らかになりました。このようにヒトとマウスの味覚受容体の間で、作用が逆になる物質はこれまで報告がありませんでした。 ヒトとマウス旨味受容体での作用の違いが、旨味受容体におけるどのような違いによって生じるのか明らかにす
るために、ヒトとマウスのキメラ受容体、およびアラニン変異体を用いて検証を行いました。その結果、メチオナールの結合部位はT1R1サブユニットの膜貫通領域に2ヶ所存在することが示されました(図 1)。
 T1R1の膜貫通領域におけるメチオナールとのドッキングモデルを作成し、実験結果を合わせて考察したところ、興味深い結果が明らかになりました。つまり、膜貫通領域に存在するリガンド結合ポケットの底部のアミノ酸残基の違いにより、メチオナールが2ヶ所のうちどの結合部位に結合するかが決定され、ヒト旨味受容体ではリガンド結合ポケットの上部に結合して受容体活性を増強するが、マウス旨味受容体では下部に結合して活性を抑制するという、新しい作用メカニズムが提唱されたのです(図1)。

【社会的意義】
 本研究グループは、天然の香気成分メチオナールがヒト旨味受容体に対して活性化能を有することを明らかにしました。香気成分が味覚受容体にも作用するという例はほとんど知られておらず、特に旨味受容体では初めての報告になります。メチオナールは醤油・チーズ・トマトの主要香気成分の一つであり、世界で広く調味料として用いられてきた食材には、ヒト旨味受容体を活性化する成分が共通に含まれている事が分かりました。旨味は5基本味の一つとして科学的にも認められているにもかかわらず、日本以外の国ではあまり馴染みがありません。本研究は、世界の食卓の美味しさに「Umami」が重要な役割を果たしていることの証拠の一つになると期待されます。

発表雑誌

雑誌名
:Scientific Reports, 8, 11796 (2018)
論文タイトル
:Positive/negative allosteric modulation switching in an umami taste receptor (T1R1/T1R3) by a natural flavor compound, methional
著者
:Toda, Y., Nakagita, T., Hirokawa, T., Yamashita, Y., Nakajima, A., Narukawa, M., Ishimaru, Y., Uchida, R., and Misaka, T.* (*責任著者)
DOI番号
:10.1038/s41598-018-30315-x
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-018-30315-x

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
准教授 三坂 巧 (みさか たくみ)
Tel:03-5841-8117
E-mail:amisaka<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biofunc/

用語解説

注1 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
味物質、香気成分、光などの外来刺激や神経伝達物質、ホルモンなどを感知する膜タンパク質。細胞膜を7回貫通する特徴的な構造を有する。Gタンパク質と呼ばれるタンパク質を介して細胞内にシグナルを伝達する。