発表者

納庄 一樹(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 大学院生:当時)
安原 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 大学院生:当時)
池端 佑仁(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 大学院生:当時)
三井 智玄(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 大学院生:当時)
石毛 太一郎(東京農業大学生物資源ゲノム解析センター 研究員:当時)
矢嶋 俊介(東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科 教授;同生物資源ゲノム解析センター センター長)
日髙 真誠(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 准教授)
小川 哲弘(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 助教)

正木 春彦(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授:当時)

発表のポイント

◆コロニーを作れない大腸菌変異株を取得して詳細に性質を調べ、バクテリアでは脂肪酸の合成供給が不足すると、生きていてもコロニー形成能がいちはやく失われることを発見しました。
◆バクテリアのコロニー形成能が、「生きている」ことと区別できる特別な生物現象であるとみなすことにより、コロニー形成に必要な遺伝子発現の研究の端緒を開きました。
◆純粋培養法では自然界からコロニーとして分離できるバクテリアが極めて少ないという、微生物学の百年来の大きな問題の原因の1つが、脂肪酸欠乏にあることを明らかにしました。

発表概要

微生物では、さまざまな試料や環境から菌をコロニー(注1)として純粋に分離して、初めてその菌の研究や利用が始まります。サンプル中の生きた菌数も、寒天などの培地上に生じたコロニーの数から逆算して求めるのが常法であり、細菌学では伝統的に、「生きている」とはコロニーを作れる能力のことでした。ところが近年、自然環境で生きているバクテリアのほとんどはコロニーを作れないことが判ってきました。つまりこの世の99%以上のバクテリアは、我々の手の届かない状態にあるのです。明らかにコロニー形成は「生きている」こととは違うのに、コロニーで生死を定義する永年の常識が邪魔をして、コロニー形成は生物現象として研究されてきませんでした。応用生命工学専攻の正木春彦教授(現名誉教授)らは、コロニー形成頻度を遺伝子発現の問題として捉え、コロニーを作れない変異株の分離を通じて、脂肪酸がコロニー形成の重要な制限因子であることを発見しました。バクテリアの分離におけるブラックボックスは、コロニー形成の遺伝学によって埋めていくことができると期待されます。
 なお、ご紹介する論文は、Microbiology誌のEditor’s Choiceに選ばれました。

発表内容

バクテリアのコロニー形成が、単に生きていることとは違う特別な生物現象なら、コロニーを作る/作らないを支配している遺伝子があるはずです。ある現象の仕組みを解明する遺伝学の常道は、その現象を失った変異体を分離して変異した遺伝子を調べることです。従ってコロニー形成の秘密に迫るには、コロニーを作れない変異体を分離し、変異遺伝子の本来の機能を調べればよいはずです。しかし、これまでバクテリアの変異株はすべてコロニーとして分離されてきたので、コロニーを作れない変異株は得られるのかという大きな問題があります。また、環境中のバクテリアの挙動を注意深く観察すると、コロニー形成は、100%作るか作らないかという「all-or-none現象」ではなく、0.1%か0.01%かという「頻度」の問題であることに気づきます。好条件のどこかで増殖してきたバクテリアが貧栄養に陥ることで遺伝子発現が止まり、その機能(産物)が失われるに従ってコロニー形成頻度が落ちていくと考えると、それを模した変異株を取得するには、遺伝子機能の完全欠失ではなく機能が低下した変異であること、またコロニー形成頻度が見極められる実験系であることが必要です。

 そこで、液体培地では増殖できるのに、固体培地ではコロニーを作らない(コロニー形成頻度が激減した)変異株を探しました。実際には大腸菌の温度感受性変異株コレクション(30℃では生えるが41℃ではコロニーを作れない)の中から、液体培養であれば41℃でも増殖できるクローンを見つけました。その変異点は不飽和脂肪酸の合成に必要な酵素FabBにありました。曖昧さをなくすため新たに野生株からfabB遺伝子欠失株を作製して、脂肪酸(注2)の供給量と固体培地/液体培地での増殖の関係を詳細に比較しました。そして、①不飽和脂肪酸の供給が不足すると、液体培養に比べて固体培地での増殖が大きく損なわれ、コロニーが形成できなくなることを発見しました。さらに、②脂肪酸を要求しない野生型大腸菌でも、低温飢餓状態に長く曝すと脂肪酸の要求性が現れること、③野生株の脂肪酸合成を、セルレニンやトリクロサン等の薬剤(注3)で特異的に阻害しても、変異株と同じく液体培養に比べてコロニー形成が強く阻害されることを発見しました。そして③の現象は、大腸菌と系統の離れた枯草菌やコリネバクテリウムでも観察されたので、脂肪酸欠乏によってコロニー形成能が優先的に失われる現象は、バクテリアに共通だと推定できました。

  以上の発見は、環境中のバクテリアは脂肪酸欠乏に陥ることでコロニーを作り難くなることを示唆します。では脂肪酸を培地に添加すれば環境からもっと多くのバクテリアが分離できるのではないでしょうか? そこで、土壌抽出液を寒天培地にまいて培養する時に、微量の脂肪酸を加えたところ、コロニー出現数が8倍になりました。コロニー数が増えたのは、脂肪酸が炭素源として働いて天然の脂肪酸要求株を生育させたためではありませんでした。また脂肪酸添加はコロニーの多様性を減少させないこともわかりました。即ち脂肪酸の添加によって、一般的なバクテリアの分離頻度を上昇させることが、基本的に可能であることが判りました。

 なお、この研究は、環境中のバクテリアの多くは脂肪酸合成変異体だという意味ではありません。液体培養に比べてコロニーを作りにくいという、環境細菌と同じ表現型を示す遺伝子変異体の性質を調べていくことで、コロニーを作りにくい主要原因の一つが脂肪酸欠乏であることを明らかにしたのです。

発表者らは、以上の変異株取得とは別のアプローチからもコロニー形成の遺伝学に迫っています(参考文献)。バクテリアを培養したのち低温飢餓に曝すと、環境中と同様に、生きていてもコロニー形成できないVBNC状態(注4)に陥ります。その原因は、コロニー形成能の維持に必要な遺伝子機能が減衰するためだと仮定し、その遺伝子を直接得ようと考えました。大腸菌の全遺伝子ライブラリーから、ある遺伝子を発現強化したときだけ低温飢餓に曝してもコロニー形成頻度が落ちなくなる、そういうクローンを探しました。得られたのはcAMP(注5)の分解酵素遺伝子cpdAでした。これは、cAMPがコロニー形成頻度を「落とす」方向に働くことを示唆します。案の定、cAMPを合成できないcyaA欠失株も、またcAMPと結合して転写因子となるCrpの欠失株も、長期間低温飢餓に曝してもコロニー形成能が全く落ちなくなっていました。

 コロニー形成を「維持する」遺伝子という当初の狙いとは逆に、これを「抑制する」負の機構が実は隠れていて、その機構を無効にする遺伝子cpdAが採れたのです。そしてその負のスイッチにはcAMPが必要だったのです。cAMPは大腸菌の非常に多数の遺伝子の発現を変化させるため、cAMPの標的となってコロニー形成を制御している遺伝子はまだ特定できていませんが、飢餓ストレスによってコロニー形成を遮断する未知の仕組みが期待されます。

参考文献:K. Nosho, H.Fukushima, T.Asai, M.Nishio, R.Takamaru, K.J.Kobayashi-Kirschvink, T.Ogawa, M.Hidaka and H.Masaki, cAMP-CRP acts as a key regulator for the viable but non-culturable state in Escherichia coli. Microbiology, 164, 410-419 (2018); doi 10.1099/mic.0.000618

発表雑誌

雑誌名
Microbiology :164, 1122-1132 (2018)
論文タイトル
:Isolation of colonization-defective Escherichia coli mutants reveals critical requirement for fatty acids in bacterial colony formation.
著者
:Kazuki Nosho, Koji Yasuhara, Yuto Ikehata, Tomohiro Mii, Taichiro Ishige, Shunsuke Yajima, Makoto Hidaka, Tetsuhiro Ogawa, and Haruhiko Masaki*
DOI番号
:10.1099/mic.0.000673
論文URL
http://mic.microbiologyresearch.org/content/journal/micro/10.1099/mic.0.000673

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 分子育種学研究室
助教 小川 哲弘(おがわ てつひろ)
TEL:03-5841-3078
E-mail:atetsu<at>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp   <at>を@に変えてください。

用語解説

注1 コロニー
バクテリアを寒天などの固体培地に薄くまいて培養すると、1 µm前後の細胞でも倍々に分裂していき数億以上に殖えると、丸い細胞集塊(コロニー)となって肉眼視できるようになります。細胞の生死は顕微鏡で見ただけでは判らないので、19世紀以来、コロニーを作ることのできた細胞を、「生きていた」と事後的に定義することが伝統的に行われてきました。
注2 脂肪酸
各種脂質の主要成分ですが、本研究では特にバクテリアの細胞膜を構成する成分として重要だと考えています。
注3 セルレニン
脂肪酸生合成サイクル経路で炭素鎖を伸ばすための縮合酵素FabBあるいはFabFを阻害する抗生物質。トリクロサンは、脂肪酸生合成サイクルで二重結合を還元する細菌の酵素FabIを阻害する薬剤で、薬用石鹸や歯磨き等の添加物として広く使われてきました。
注4 VBNC(viable but non-culturable)
培養後のバクテリアを長期間、低温・飢餓に曝すと、細胞が生きている証拠はあるのにコロニー形成能がなくなっていきますが、その状態を指す用語で、自然界のバクテリアのコロニー形成頻度が低い現象の実験的モデルとも考えられます。
注5 cAMP(環状アデノシン一リン酸)
真核生物では細胞内シグナル伝達のセカンドメッセンジャーとして働きますが、多くのバクテリアでは特に糖代謝関連遺伝子の調節に関与しています。特異的な受容タンパク質Crpと複合体を形成しそれが各種遺伝子の転写を調節します。