2009/4/24 |
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発表者:
石田 卓也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程)
伏信 進矢 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
川合 理恵 (元学術振興会特別研究員(PD))
北岡 本光 (農研機構 食品総合研究所 主任研究員)
五十嵐 圭日子(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)
鮫島 正浩 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授)
キノコが生産する主要な菌体成分であるβ-グルカンを分解する酵素の立体構造を明らかにしました。この酵素はこれまでに知られていないユニークな全体構造を有しており、β-グルカン中の分岐構造を特異に認識して結合できる酵素であることがわかりました。
背景:キノコの主成分は、細胞壁を構成しているβ-グルカン(注1)です。β-グルカンは、キノコの形態や生活機能を維持するために重要なはたらきをしているだけでなく、人間の体内では腸内細菌の活性化や抗がん作用を示すことが知られており、健康食品や機能性食品としても広く知られている化合物です。β-グルカンは、グルコースが直鎖状に繋がった主鎖(β-1,3-グルカン)と、側鎖とよばれる分岐部分(β-1,6-グルカン)からできています(図1)。この側鎖の頻度や長さによってβ-グルカンの性質や生理活性が変化すると考えられています。キノコは、このようなβ-グルカンを自らの細胞壁成分として生成するだけでなく、β-グルカンを分解する様々な酵素を生産し、β-グルカンの代謝を行っています。
成果:キノコの一種である担子菌Phanerochaete chrysosporiumが生産するβ-グルカン分解酵素(Lam55A)は、β-グルカンの直鎖部分を末端から切断(加水分解)してグルコースを生成しますが、β-グルカンが分岐している部分では側鎖をスキップしながらゲンチオビオース(2つのグルコースが結合した二糖の一種:注2)を生産することが知られています。今回Lam55AのX線結晶構造解析(注3)を行い、本酵素の構造を詳細に調べました。その結果、Lam55Aはこれまで報告されたタンパク質とは異なる新規な構造をしており、一般的な糖質分解酵素と同様にβ-グルカンの直鎖部分と結合する部分ならびにβ-グルカンを加水分解する部分に加えて、分岐構造を結合するユニークなスペース(ポケット)が存在することが分かりました。
共同研究・助成など:本研究は独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所の北岡本光ユニット長との共同研究で行われました。X線回折データ測定には大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)の物質構造科学研究所 放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)を用いました。また,本論文は、平成14-15年度農学生命科学研究科内専攻間共同研究(五十嵐圭日子と伏信進矢)ならびに平成17-19年度科学研究費補助金(課題番号17380102 代表者:鮫島正浩)に基づく継続的な研究の成果として位置づけられます。
図1:Lam55Aによるβ-グルカン加水分解の模式図
矢印はLam55Aによって加水分解される部分
図2:Lam55Aの全体構造(左)と基質が結合する部分の形状(右).
青:N末端側ドメイン、緑:C末端側ドメイン、黄:グルコノラクトン
破線(赤):側鎖部分が結合すると考えられるポケット
破線(黄):β-グルカンの主鎖が結合すると思われる部分
米国生化学会誌 (Journal of Biological Chemistry) 4/10/2009号に掲載。
(Journal of Biological Chemistry, Vol. 284, Issue 15, April 10, 2009)
特になし
注1 β-グルカン:グルコースがβ-結合によって長く連なった多糖の総称。自然界では、真菌類のほか、藻類や高等植物など様々な生物によって生産されるが、キノコの細胞壁の主成分はβ-1,3/1,6-グルカンであることが知られている。
注2 ゲンチオビオース:二つのグルコースがβ-1,6結合した二糖
注3 X線結晶構造解析:物質の立体構造を得るための手法の一つ。目的物質の結晶にX線を照射し、回折データから原子レベルの三次元構造を得る。現在では、タンパク質の立体構造を得る最も一般的な方法となっている。
東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 森林化学研究室
教授 鮫島 正浩
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E-mail:amsam@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp