東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/2/5

サイトカイニンを活性化する遺伝子を発見
−ホルモン活性を利用した作物の生産性向上に期待−

発表者:経塚 淳子 生産・環境生物学専攻 助教授

本研究成果のポイント

○植物ホルモン「サイトカイニン」の活性化の新規経路を発見
  ○分裂組織での局所的なサイトカイニン活性化が植物の発生を制御
  ○光合成や穀粒数など植物の生産性を高める利用に期待

発表概要

東京大学(小宮山宏総長)と独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、イネ突然変異体「log(ログ)※1」を解析し、収量をコントロールする植物ホルモンである「サイトカイニン※2」の活性化遺伝子を世界で初めて発見しました。東大大学院農学生命科学研究科(會田勝美研究科長)の経塚淳子助教授と理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生産機能研究グループ・生産制御研究チームの榊原均グループディレクターの共同研究による成果です。
 サイトカイニンは、葉の老化抑制、光合成の活性化、頂芽優勢(ちょうがゆうせい)※3の制御やイネの穀粒数の決定など植物の成長、作物の収量にとって極めて重要な働きをする植物ホルモンです。一般的にホルモンは、非常に低い濃度でその能力を発揮するため、通常はまず前駆体として合成され、その後必要に応じて活性化のステップを経ることで機能します。サイトカイニン前駆体の合成に関わる遺伝子はすでにわかっていましたが、一番大切な活性化ステップに働く遺伝子の正体はわかっていませんでした。
 今回、研究グループは穂や花の形成が異常になるイネのlog変異体の原因遺伝子「LOG」が、サイトカイニンの活性化反応を担う酵素をコードすることを突き止めました。つまり、この遺伝子によって作られるLOGタンパク質がサイトカイニンヌクレオチドから糖リン酸を外し、今まで知られていなかった経路で活性体を作り出すことを明らかにしました。LOG遺伝子は、分裂組織の限られた細胞群でのみ働いていることから、植物中で活性型サイトカイニンの量が巧妙に調節されていることがわかります。
 LOG遺伝子を利用すれば植物体内のサイトカイニン活性を直接コントロールすることが可能になります。今後、さまざまな作物でLOG遺伝子の機能を人為的に変えることで、生産性向上に大きく貢献するものと期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』(2月8日付け)に掲載されます。

発表内容・その他

1.背 景
 植物は、茎と根の先端にある分裂組織が細胞の分裂と分化のバランスを保ちながら持続的に形作りを行うことにより成長します。イネの開花時期には、この分裂組織から花芽が分化します。花芽(はなめ)は私たちが毎日食べているコメに成長するため、‘たわわに実った穂’となるイネ作りの鍵は、花芽が多く作られ、それぞれが確実に実ることです。最近の研究から、花芽を形成する分裂組織が正しく機能するためには植物ホルモンの1つであるサイトカイニン(図1)の働きが重要であることがわかってきました。
 サイトカイニンは、葉の老化抑制、光合成の活性化、頂芽優勢やイネの穀粒数の決定など農業にとって重要な働きをする植物ホルモンです。ホルモンは一般的に、必要な場所で必要な時期に非常に低い濃度でその能力を発揮します。そのためにまずホルモン活性がない前駆体として合成されます。サイトカイニンも、まず糖リン酸のついたヌクレオチド体として合成され、必要な時期が来るのを待ちます。活性を持つためには、この糖リン酸が外れなければなりません。これまでサイトカイニン前駆体の合成に関わる遺伝子はわかっていましたが、一番大切な活性化ステップに働く遺伝子の正体はわかっていませんでした。

2.研究手法と成果
 研究グループは穂や花の形成が異常になる(めしべがなく、おしべが1本だけになったりする)イネの突然変異体(lonely guy, log)の解析を進めました。この変異体では、茎の先端の分裂組織が小さくなるため十分な数の花芽を分化しません。また、まれに形成される花芽も途中で成長を止めてしまいます(図2)。このことから、この変異の原因となるLOG遺伝子は、分裂組織が働き続けるために必要な遺伝子であるということがわかりました。LOG遺伝子をマップベースクローニング※4で特定したところ、配列情報から、「LOGは機能未知のタンパク質である」ということになりました。
 ところが興味深いことに、LOG遺伝子とよく似た遺伝子が、病原性土壌細菌の一部のゲノム上に存在し、しかもサイトカイニン合成酵素に隣接していることを発見しました。このことからLOGがサイトカイニンの代謝に関わるという着想を得、それを検定した結果、LOGタンパク質が、サイトカイニンの前駆体であるヌクレオチド体を活性型である塩基体に変換する反応を触媒する酵素であることを解明しました(図3)。実際に変異体の分裂組織では、サイトカイニン誘導型の遺伝子の発現レベルが下がっており、また、変異型のLOG酵素は活性をほとんど失っていました。以上のことから茎頂部分でのサイトカイニン活性化能力が低下していることがlog変異の原因であると結論付けました。
 従来、サイトカイニン活性化の機構はヌクレオチド体からヌクレオシド体をへて塩基体に変換される二段階反応であると考えられてきましたが、LOGはヌクレオチド体から直接塩基体に変換する機能持ちます。したがって、本研究により、これまで知られていなかった新規な活性化経路の存在が明らかとなりました(図3)。

 なお、本研究は東京大学、理化学研究所の共同研究成果ですが、log変異体の解析と原因遺伝子の単離・解析は東京大学が、LOG遺伝子がサイトカイニン活性化に関わる仕組みの解明については理研が主となって研究を進めました。
※ここでは、変異体をlog、遺伝子をLOG、タンパク質(酵素)をLOGと表現しています。

3.今後の期待
 本研究で発見した遺伝子の利用によりサイトカイニンの活性化を直接コントロールできるので、さらなる生産性向上が可能になると期待されます(図4)。

補足説明

<補足説明>

※1 log変異体
log変異体では穂に作られる花芽数が減少し、作られた花芽も途中で成長を停止するため、内側の花器官数が減少する。log変異体の異常は分裂組織の働きが維持されないことによって引き起こされている。

※2 サイトカイニン
植物ホルモンの1種。細胞分裂の促進、細胞周期の調節、老化抑制、腋芽の活性化、イネ穀粒数の制御など多様な生理活性を持つ。アデニンの6位の窒素原子に炭素5つのプレニル基をもつ構造が基本骨格であり、側鎖構造の違いによりトランスゼアチン(tZ)、イソペンテニルアデニン(iP)などが知られている。中でもtZの生理活性が最も強い。ヌクレオチド体として合成されたのち、最終的に塩基体になることで活性を示す。

※3 頂芽優勢(ちょうがゆうせい)
主茎の先端の芽(頂芽)が活発に成長をしている時に下方にある側芽(腋芽)の成長が抑制される現象。頂芽を切除すると腋芽は成長抑制が解かれて成長を始める。これは頂芽で合成されたオーキシンが下方に移動し、茎の部分のサイトカイニン合成を抑制することで腋芽の成長をコントロールしているからと考えられている。実際にサイトカイニンを腋芽に与えると頂芽を切除しなくても腋芽の成長がみられる。腋芽の1つが成長して新しい頂芽になるとそこで生産されるオーキシンによって再び腋芽の成長は抑制される。

※4 マップベースクローニング
単離をしようとする遺伝子の近傍に位置するDNAマーカー(ゲノム上に存在する特徴的な塩基配列)を利用して、目的の遺伝子領域を絞り込みながら遺伝子をクローニングする方法。


         

                図1 サイトカイニンの構造

サイトカイニンは、植物ホルモンの1種。側鎖構造の違いによりトランスゼアチン(tZ)、イソペンテニルアデニン(iP)などが知られている。中でもtZの生理活性が最も強い。

       

                 図2 log変異体の表現型

左:野生型イネの穂(左)、弱いlog変異体の穂(中)、強いlog変異体の穂(右)。log変異体では穂に作られる花芽の数が減少し、穂が小さい。bar:3 cm
中:野生型イネの花。*で示したように、野生型では6本のおしべが作られる。bar: 3 mm
右:log変異体の花。log変異体では花器官の数が減る。この写真の花ではおしべは1本だけである。bar: 3 mm

     

         図3 本研究で明らかになったサイトカイニンの活性化経路

A:LOG酵素の反応式。LOGはサイトカイニン前駆体「iPRMP(イソペンテニルアデノシン5’一リン酸)」からリボース5’一リン酸を外しサイトカイニン「iP」を生成する反応を触媒する。
B:LOGによるサイトカイニンの新規活性化経路。IPT酵素とCYP735A酵素によって合成されたサイトカイニン前駆体は、二段階反応(灰色矢印)で活性体に変換されると考えられてきたが、LOGはヌクレオチド体を直接活性体に変換する新規の活性化経路(赤色矢印)を形成する。灰色矢印の経路の有無についてはまだよくわかっていない。

           図4 サイトカイニンの植物生産性への利用

サイトカイニンの活性化遺伝子LOGの利用により、植物体内でのサイトカイニン活性の直接的なコントロールが可能になった。今後、植物の生産性向上に向けた様々な利用が期待される。


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