2009/4/08 |
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発表者: 難波 成任(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
東京大学 植物病院®は、本年 3 月、これまで我が国では発生の報告がなかった plum pox virus (注1)を青梅市のウメから検出しました。 plum pox virus はモモ、スモモ、アンズといった Prunus 属(サクラ属)の果樹に、海外において甚大な被害を与えている重要ウイルスで、近年、毎年新たな地域で発生が確認されています。 Prunus 属の果樹では、感染により果実の早期落果や奇形が起こる事例が知られており、農林水産省の「特定重要病害虫検疫要綱」において、同省が輸入植物を介した我が国への侵入を特に警戒している植物ウイルスの一つとなっています。なお、 plum pox virus のウメにおける自然感染の報告は、これまでありませんでした。
東京大学 植物病院®では、この結果を 3 月に東京都に報告いたしました。この報告を受けた東京都は農林水産省に直ちに報告し、農林水産省と東京都は青梅市におけるウイルスの発生範囲を特定するための調査および、全国における発生状況調査をおこなうことを決定しました。
なお、このウイルスは植物に感染するものであり、ヒトに感染しませんので、果実を食べても健康に影響はありません。また、果実からウメやモモ等の植物に感染することはありません。
1 診断概要
(1)2008年7月、東京都農林総合研究センターより本学 植物病院®に、ウメの異常葉について診断依頼を受け、昨夏以降、今春の開花期を通じて、現地調査と並行して詳細な診断を行いました。
(2)
葉には輪紋(図1)、花弁には斑入り症状(図2)を確認しました。これらの症状は、これまで我が国に発生報告のない plum pox virus による Prunus 属(サクラ属)植物の病徴と酷似していました。まず、電子顕微鏡観察をおこなったところ、ウイルス粒子様の構造が観察されました。そこで、イムノストリップ法(注 2 )、 RT-PCR 法、遺伝子解析法などを用いた詳細な診断を実施しました。その結果、我が国ではこれまで発生の報告がなかった plum pox virus を検出しました。また、ウイルスの全ゲノム解読により、世界的に主要な D 系統(注 3 )であることが明らかになりました。
(3)plum pox virusは、モモ、スモモ、アンズといったPrunus 属の果樹に甚大な被害を与える植物ウイルスで、近年、世界的に発生が拡大しています。Prunus 属の果樹では、感染により果実の早期落果や奇形が起こる事例が知られており、今後、我が国でも感染の拡大が危惧されます。汚染した苗木や接木のほか、アブラムシにより媒介されることから、この病気が発生した園地では感染植物の除去、ウイルスを媒介する可能性のあるアブラムシの防除を徹底する等、まん延防止策を講じる必要があります。なお、plum pox virusのウメへの自然感染の報告はこれまでありませんでした。
2 現在の状況
(1)2009年3月17日、本学 植物病院®による診断結果について東京都に報告し、翌18日に東京都から農林水産省へ報告されました。
(2)農林水産省と東京都によって3月20日及び24日に、このウイルスが検出された樹が植えられている園地を中心とした緊急調査がおこなわれ、花弁にウイルス様症状が認められる枝を中心にサンプリングが実施されました。
(3)試料についてELISA法ならびにPCR法により追加検定がおこなわれ、4月1日、これらの園地の花弁がこのウイルスに感染していることが農林水産省によって確認されました。
3 今後の対応
(1)このウイルスは、アブラムシの媒介により広がることが学術論文により報告されています。そのため、農林水産省は東京都に対して、ウイルスの発生が確認された園地におけるアブラムシの防除の徹底等、まん延防止策の実施を要請しています。
(2)この病気のまん延を効果的に防止するためには、発生範囲を特定し、封じ込めを行うことが重要です。農林水産省と東京都では、青梅市におけるこのウイルスの発生範囲を特定するための調査を、病徴の確認が可能な新葉が出始める4月中旬以降に実施するとのことです。
(3)また、国内の他の地域における本ウイルスの発生の有無を調べる目的で、(2)の調査と並行して、ウメ、モモ等の生産地を中心に全国的な発生調査が実施される予定です。
(4)以上の調査結果に基づき、学識経験者の意見を取り入れつつ、今後の防除対策が進められるとのことです。
(注1) plum pox virus
①plum pox virus(PPV)
PPVはPotyvirus 属の植物ウイルスで、RNAをゲノムに持った紐状のウイルスである。モモ、スモモ、アンズなどのPrunus 属(サクラ属)の植物に広く感染する重要なウイルスであり、1915年にブルガリアのプラム農家において最初に発見された。その後、欧州全域、アジアの一部、北米、南米などでも発生が確認されている。PPVは果樹を枯死させることはないが、感染後、年月の経過とともに、果実の収量および品質の低下をもたらすことが知られている。ヨーロッパでは、感受性品種において80〜100%の損失が出るとされている。
②PPVの感染経路
アブラムシにより媒介されるほか、汚染した苗木や接木を経由して感染する。生果実は感染経路とはならないとされている。
③PPVの感染による植物の病徴・被害
葉には退緑斑点や輪紋が生じるほか、果実の表面には斑紋が現れ、商品価値が失われたり、成熟前の落果により減収を伴うことがある。なお、ウメでは、これまで世界的にも被害の報告はなかったが、接ぎ木による実験により、ウメの葉に症状が出ることが報告されており、今回の葉の症状と一致する。青梅市で発生の確認されたウメでは、これまでのところ果実への被害は確認されていない。また、葉には退緑斑点や輪紋を生じるほか、花弁には斑入り症状が認められる。
④PPVの防除方法
感染樹の除去するほか、アブラムシ防除の徹底、ウイルスフリー苗の導入。
⑤PPVの寄主植物
Prunus属の果樹(核果類):モモ、スモモ、ネクタリン、アンズなど
⑥PPVの主な発生国
ア ジ ア:中国、イラン、インド、トルコなど
ヨーロッパ:ほぼ全域
アフリカ:エジプト
北アメリカ:米国、カナダ
南アメリカ:アルゼンチン、チリ
(注2) イムノストリップ法
抗原抗体反応を利用した、特異的かつ迅速な検出方法。
(注3) D系統
PPV の一系統。 PPV にはこれまで分子系統学的に 7 系統あることが知られており、今回我が国で検出された D 系統は、世界的に発生している系統である。