東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/10/11

全ゲノム情報比較に基づくマイコプラズマの系統進化

発表者:西田 洋巳 (アグリバイオインフォマティクス 特任准教授)
大島 研郎(アグリバイオインフォマティクス 特任助教・現 生産・環境生物学専攻 助教)

発表概要

 マイコプラズマ類(用語説明参照)の系統進化関係は16S rRNA遺伝子などの単一遺伝子情報に基づく系統解析だけでは曖昧なところがありました。そこで、全ゲノム情報に基づく系統解析によりそれを明らかにしました。また、全ゲノム情報に基づくマイコプラズマの系統進化関係と個々の遺伝子進化を比較することにより、特定遺伝子群の進化様式、およびその進化様式とマイコプラズマの種分化の関係を示すことを可能としました。

発表内容

微生物の全ゲノム塩基配列情報は急増しており、特定遺伝子情報だけに基づく微生物系統進化解析から全ゲノム情報に基づくものへ転換すべきであると考えました。本研究においては、遺伝子の有無のパターン比較による方法ではなく、比較対象生物のゲノムに共通に存在している全遺伝子の配列に基づく系統解析方法をとりました。
  マイコプラズマ類は絶対寄生性を有し、増殖のためには宿主が必要であり、進化の過程において宿主への依存度を高め、多くの遺伝子を欠失する生存戦略を取ったと考えられています。そのため、他の細菌に比べ遺伝子水平伝播による遺伝子獲得が極めて少なく、全ゲノム情報に基づく系統解析に最適の生物グループと考えました。
  15の解析対象ゲノムより143のオルソロガス遺伝子(用語説明参照)を抽出し、それぞれの整列配列を作成しました。それらの整列配列をつなぎ合わせ、43,370アミノ酸サイトに基づく整列配列を得ました。それに基づき作成した系統樹(添付資料参照)を全ゲノム情報に基づく系統進化関係としました。それによると解析した15の細菌は4つの主要系統群にブーツストラップ値(用語説明参照)100%で分かれ、さらにそれらの系統関係もブーツストラップ値100%で支持されました。
  次に、全ゲノム情報に基づく系統樹のトポロジーと143の各遺伝子に基づくトポロジーを比較し、それぞれの遺伝子を分類しました。その結果、特定機能を有する遺伝子群の影響ではなく幅広い範囲の遺伝子の影響により、全ゲノム情報に基づく系統樹が導かれたことがわかりました。また特定遺伝子群の進化様式に関する例としては、特定のマイコプラズマにおいて解糖系に関与している遺伝子群の中立進化(用語説明参照)が生じていることを示し、それらは偽遺伝子(用語説明参照)になりつつある過程にあると推定しました。このマイコプラズマはATP生産をグルコースに依存しておらず、遺伝子機能の重要性の低下と遺伝子の中立進化が本研究により関係付けられたと考えています。

添付資料

 


発表雑誌

Phylogenetic relationships among mycoplasmas based on the whole genomic information Journal of Molecular Evolution, Vol. 65, Issue 3, 249-258, October 10, 2007 Kenro Oshima and Hiromi Nishida
(本誌9月号の表紙を飾りました。
http://www.iu.a.u-tokyo.ac.jp/~hnishida/jme65_3_cover.jpg

注意事項

本研究において用いた解析方法はゲノムが決まったいかなる生物群においても適用できます。

用語説明

 マイコプラズマ類:マイコプラズマはゲノムサイズが小さく、遺伝子数も少ない細菌として知られています。マイコプラズマは動物に寄生し、ファイトプラズマは昆虫と植物に寄生します。これらの細菌は人工培養できないため、まだ多くのなぞが残されています。
  オルソロガス遺伝子:岩波生物学辞典から抜粋しますと、「二つの遺伝子がある共通祖先からの種分化に由来するとき、それらの遺伝子は‘オルソロガス’であるとよぶ。分子系統樹の推定にとって必要な情報を与えるのは、オルソロガス遺伝子である。」ということです。
  ブーツストラップ値:整列配列において各サイトをサイト数回繰り返し戻し抽出(ここでは43,370回)行い仮想の整列配列を得ます。この仮想整列配列を本解析では1000作成し、それらの系統樹を得、それぞれの枝の存在確率を百分率で示した値です。
  中立進化:ここでは、アミノ酸置換をともなう塩基置換(非同義塩基置換)とアミノ酸置換をもとなわない塩基置換(同義塩基置換)がほぼバイアスなく生じている様子を指しました。
  偽遺伝子:塩基置換などにより遺伝子が本来の機能を発揮できない状態にあるもの。ただし、偽遺伝子産物がRNAとして機能している例も報告されています。


 

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