東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/4/23

二刀流アルカリ土壌耐性イネの誕生

発表者:西澤 直子 (農学国際専攻新機能植物開発学研究室 教授)
石丸 泰寛(農学国際専攻新機能植物開発学研究室 博士研究員)

発表概要

 「キレート戦略」と「還元戦略」の二つの鉄吸収機構を兼ね備えた、二刀流アルカリ土壌耐性イネの開発に成功しました。不良土壌における食糧増産や緑化、バイオマスエネルギーの増産に貢献することが期待されます。

発表内容

 東京大学大学院農学生命科学研究科では、後で述べるキレート戦略と還元戦略の2つの鉄吸収機構を兼備することによって、アルカリ土壌における鉄欠乏を克服して、良好に生育するアルカリ土壌耐性イネを開発することに成功しました。
 世界には、農耕地としては生産性の極めて低い不良土壌が全陸地の67%も存在し、その約半分はアルカリ土壌です。このアルカリ不良土壌においても画期的に高い植物生産性を上げることができれば、食糧の増産ばかりでなく、緑化による二酸化炭素の減少、すなわち地球温暖化防止や、砂漠化の防止などの環境問題への貢献、バイオマス増産などによるエネルギー問題の解決にも貢献することが期待されます。
 石灰質アルカリ土壌では、植物の生育に必須の栄養素である鉄が、水に溶け難い水酸化第二鉄の形態となっているために、植物は鉄を吸収できません。その結果、鉄欠乏症(人間でいえば貧血症)となり枯れてしまいます。この土壌中の難溶性の鉄を吸収して利用するために、植物は大きく分けて2つの鉄吸収機構を進化的に発達させてきました。イネ、ムギ、トウモロコシ、サトウキビなど主要な作物が属するイネ科の植物は、キレート物質であるムギネ酸類を根から分泌して、土壌中の不溶態の三価鉄を水に溶けやすいキレート化合物である「三価鉄・ムギネ酸類」として、そのままの形で吸収するキレート戦略をとっています。一方、イネ科以外の植物は、根の表面の三価鉄還元酵素によって、三価鉄を水に溶けやすい二価鉄に還元して、二価鉄イオンの形で吸収する還元戦略をとっています。
 私達はこれまでにオオムギにおけるムギネ酸類の全生合成経路を解明し、そのすべてのステップを触媒する酵素の遺伝子を単離してきました。さらに、これらのオオムギのムギネ酸類生合成経路上の酵素遺伝子をイネに導入することにより、キレート戦略を強化した石灰質アルカリ土壌耐性のイネを作出することに既に成功しています。
 今回、進化工学的に食用酵母の遺伝子を改変し、「アルカリ条件でも高い三価鉄還元酵素活性を示す酵素」の遺伝子を作出しました。この改変型三価鉄還元酵素の遺伝子をイネに導入することにより、本来イネが持つキレート戦略に加えて、イネ科以外の植物が持つ還元戦略で強化された石灰質アルカリ土壌耐性イネを創製することに成功しました。このいわば二刀流使いのイネは、石灰質アルカリ土壌における栽培においても良好な生育を示し、約7.9倍の穀物収量を挙げることができました。この改変型三価鉄還元酵素遺伝子による還元戦略の強化と、前述のオオムギのムギネ酸類生合成経路上の酵素遺伝子によるキレート戦略の強化を同時に組み合わせることによって、イネのアルカリ土壌耐性をさらに飛躍的に高めることが可能であると考えています。
また、この成果は将来鉄分が豊富な高い栄養価の食品(穀物や野菜)を作ることにも大きく貢献できると考えています。
 なお、本研究は科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業(CREST)「植物の鉄栄養制御」の支援により行われたものです。

添付資料: (図1)石灰質アルカリ土壌で栽培した二刀流耐性イネ

図1 通常のイネ(右)は、石灰質アルカリ土壌で栽培すると、鉄欠乏のために葉が黄白化する鉄欠乏クロロシスの症状を示し、生育が抑えられた。これに対して、改変型三価鉄還元酵素遺伝子を導入したイネ(左)は、石灰質アルカリ土壌における鉄欠乏にも耐性を示し良好に生育した。

発表雑誌

米国科学アカデミー紀要(電子版)April, 2007
Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)

Mutational Reconstructed Ferric Chelate Reductase Confers Enhanced Tolerance in Rice to Iron Deficiency in Calcareous Soil.

Yasuhiro Ishimaru, Suyeon Kim, Takashi Tsukamoto, Hiroyuki Oki, Takanori Kobayashi, Satoshi Watanabe, Shinpei Matsuhashi, Michiko Takahashi, Hiromi Nakanishi, Satoshi Mori, and Naoko K Nishizawa

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