東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/2/4

「イネの鉄栄養に関わる『鉄・デオキシムギネ酸』トランスポーターの発見」

発表者: 西澤 直子(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 教授)
小林 高範(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任助教)
中園 幹生(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物専攻 准教授)
井上 晴彦(独立行政法人農業生物資源研究所 研究員)

発表概要

イネが必須元素である鉄を「鉄・デオキシムギネ酸」錯体の形で吸収・輸送するためのトランスポーター遺伝子(OsYSL15)を同定した。アルカリ土壌耐性の作物や、鉄含有量が高い穀物の作出への貢献が期待される。

発表内容

地球上のほぼすべての生物は、生命活動に必須な元素として鉄を必要としています。 WHO ( 世界保健機関 ) の報告によると、世界で最も多いヒトの栄養障害は鉄欠乏で、世界人口の半分、約30億人以上が鉄欠乏性貧血に悩まされています。 ヒトが食物から栄養として摂取する鉄は、動物性食品にせよ、植物性食品にせよ、究極的には植物が土壌から取り込んだ鉄に由来しています。鉄は、地殻中に第4番目に多い元素で土壌中には大量に存在します。しかし、空気中では酸化されて、水に溶け難い形になっています。特に土壌がアルカリ性である場合は、鉄が土壌溶液中にほとんど溶けていないので、植物は鉄欠乏になります。 光合成能力は低下し、作物の場合には生産性が著しく減少します。土壌からの鉄の吸収と移行は、農業生産を支える植物の生育にとって必須であるばかりでなく、これを食糧とするヒトの健康にとっても食品としての栄養価を左右する重要な事項です。
  土壌中の難溶性の鉄を吸収して利用するために、イネ、ムギ、トウモロコシなど主要な穀物が属するイネ科の植物は、キレート物質であるムギネ酸類を根から分泌して、土壌中の三価鉄を水に溶けやすいキレート化合物にして「三価鉄・ムギネ酸類」の形で吸収します。「ムギネ酸類」は、日本人研究者の高城成一博士によって発見されました。イネはムギネ酸類のうちデオキシムギネ酸を合成して分泌し、「鉄・デオキシムギネ酸」として土壌から鉄を吸収します。
  私達は、 「鉄・デオキシムギネ酸」トランスポーター (注1) の候補遺伝子が イネのゲノム上に 18 個存在することを見出し、これらを OsYSL1〜OsYSL18 と命名しました。これらの遺伝子の発現 (注2) パターンを解析した結果、 OsYSL15 遺伝子が根の表層で発現しており、この発現が鉄欠乏で強く誘導されることを確認しました。 アフリカツメガエルの卵母細胞と酵母を用いた実験により、 OsYSL15 タンパク質が 「鉄・デオキシムギネ酸」を輸送するトランスポーターであることを証明しました。 以上のことから、 OsYSL15 がイネの土壌からの 「鉄・デオキシムギネ酸」吸収を担う 遺伝子 であると考えられました。
  さらに、 OsYSL15 遺伝子は根だけでなく、鉄の体内移行に重要な維管束細胞や、花・種子などにおいても発現していました(図1)。 「鉄・デオキシムギネ酸」の輸送が 土壌からの鉄吸収だけではなく、イネ体内での鉄の移行や種子への集積にも 重要な役割を果たすことが考えられました。実際に、この遺伝子の発現を抑制したイネは、発芽した後に伸びることができませんでした (図2) 。
  私達は、 これまでに 植物の鉄栄養に関わる遺伝子を利用して、アルカリ土壌 耐性の作物を作出することに既に成功しています。 OsYSL15 遺伝子を利用することにより、さらに望ましい形質を持ったアルカリ土壌 耐性の作物を作り出すことができると考えています。また、 OsYSL15 遺伝子や、これまでに私達が発見してきた鉄栄養に関わる他の遺伝子を組み合わせることにより、鉄分が豊富な高い栄養価の食品を作ることにも大きく貢献できると考えています。
  なお、本研究は 独立行政法人 科学技術振興 機構(JST) の 戦略的創造研究推進事業( CREST )「植物の鉄栄養制御」、 文部科学省特定領域研究「植物の養分吸収と循環系」の支援により行われたものです。

添付資料

 図1: 花・種子における OsYSL15 遺伝子の発現部位
       青く染色された部位で OsYSL15 遺伝子が発現している。


 図2: OsYSL15 発現抑制イネの初期生育不全
       通常の植物用培地に播種して7日目の様子。

発表雑誌

The Journal of Biological Chemistry, Vol. 284, Issue 6, 3470-3479, FEBRUARY 6, 2009

Haruhiko Inoue et al ; Rice OsYSL15 is an iron-regulated iron(III)-deoxymugineic acid transporter expressed in the roots and is essential for iron uptake in early growth of the seedlings .

注意事項

特になし

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 農学国際専攻
 教授 西澤 直子
 Tel:03-5841-7514
 Fax: 03-5841-7514
 E-mail:annaoko@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 トランスポーター(膜輸送体)
  生体膜を横切って有機物や無機物イオンなどの物質輸送を行うために存在する膜タンパク質。生物の細胞は脂質の膜で覆われているため、生体の養分摂取や、生体細胞間の物質分配等に重要である。

注2 遺伝子発現(発現)
 遺伝子の情報が細胞における構造および機能に変換される過程のこと。一般的には DNA の遺伝子情報が RNA に転写され、さらにタンパク質に翻訳される過程が含まれる。

 

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