東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/8/26

 栄養膜幹細胞株(TS細胞)を樹立:マウスクローン胚から

発表者:小田真由美(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任研究員;現慶應義塾大学・総合医科学研究センター)
田中 智(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)
柳町 隆造(ハワイ大学 医学部 名誉教授)
若山 照彦(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター チームリーダー)
塩田 邦郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 教授)
他6名

発表概要

体細胞核移植によって作り出されるクローン動物では、胎盤の形成異常が頻繁に観察される。マウスクローン胚から、胎盤形成の基となる栄養膜幹細胞を取り出し細胞株を樹立すると、意外にも、樹立の効率や細胞の性質は、通常の交配で得られた胚のそれと大きな違いが無いことが判明した。クローン胚発生と胎盤の幹細胞に関する新たな知見を加える成果である。

発表内容

体細胞の核を卵子に移植することで作り出されるクローン動物では、その多くに胎盤形成異常があることが知られています。例えば、マウスの場合、たとえ妊娠期間を全うし分娩まで至ったクローン個体でもほぼ例外なく胎盤の過形成が見られ、通常の交配による妊娠に見られる胎盤のじつに3倍以上の大きさの胎盤が作られます。

それまで均一の性質を有していたほ乳類初期胚の細胞(割球)は、着床直前の胚盤胞期になると、栄養芽層と内部細胞塊との互いに異なる性質をもつ細胞集団に分かれます( 図1)。この栄養芽層に由来する栄養膜細胞が、着床後、胎盤を形成します。このように栄養芽層(栄養膜細胞)が胚発生で起こる最初の細胞分化によって作り出される細胞であることから、クローンでは、卵子に移植された体細胞核の“リプログラミング”(注1)が栄養膜細胞の分化する時期まで完全に終了せず、なんらかのエピジェネティックな異常(注2)が栄養膜細胞に内在するのではないか、それが胎盤形成の異常につながるのではないかと考えられて来ました。しかし、微量な栄養芽層を直接対象にした解析は困難で、その答えは得られていません。

マウス胚盤胞の栄養芽層からは、栄養膜細胞の幹細胞としての性質を維持した細胞株である栄養膜幹細胞株(TS細胞)を樹立することができます(図1)。TS細胞は培養下でほぼ無限に増殖するので、初期胚を相手にした場合の量的な問題を回避することが可能です。そこで今回、我々はクローン胚盤胞からのTS細胞(ntTS細胞)の樹立を試みました。

そもそもクローン胚を用いた場合、TS細胞の樹立効率は下がるのではないかと予測していましたが、予測に反して通常の交配によって得られた胚盤胞を用いた場合と同等の成績が得られました。また、DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析や、ゲノム全体のDNAメチル化プロフィール(注3)解析の結果、樹立されたntTS細胞とコントロールTS細胞は区別することが出来ないほど似ていることもわかりました。さらに、ntTS細胞を胚盤胞に移植しキメラ胚(注4)を作ると、コントロールTS細胞がそうであるように、ntTS細胞由来の細胞は胎盤のみに分布し、胎仔の体に分布することはありませんでした(図2)。これらのことから、少なくとも胚盤胞期まで発生したクローン胚では、栄養膜細胞系譜の正常な決定がなされていることが強く示唆されます。この結果はクローン胚発生や胎盤の幹細胞を理解するための重要な基礎となります。またここで樹立されたntTS細胞は、今後の貴重な研究材料となることが期待されます。

添付資料

http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/seika/PNAS2009Press/PNAS2009Press.html

図1:マウス胚盤胞と胎盤の模式図。
胚盤胞は栄養芽層と内部細胞塊から形成される。胚盤胞を適切な条件で培養することでTS細胞株が得られる。TS細胞は胎盤を構成する各種栄養膜細胞へと分化する能力を有する。

図2:ntTS細胞を用いて作られたキメラ胎盤。 緑色蛍光タンパク質を発現するntTS細胞をもちいて作られたキメラ個体。ntTS細胞に由来する細胞(緑色に光る細胞)は胎盤にのみ認められ、胎仔の体には見つからない。

 

発表雑誌

PNAS Online Early Edition the week of August 17-21, 2009

注意事項

添付資料の図を利用する場合は、問い合わせ先までご一報ください。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用動物科学専攻 細胞生化学研究室
 准教授 田中 智
 Tel:03-5841-5372
 Fax:03-5841-8014
 E-mail: asatoshi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 リプログラミング:一度分化した体細胞の核が全分化能を再獲得する現象が一般的にリプログラミングと称されている。しかし、その定義は曖昧で、分子機構も明らかでない。

注2 エピジェネティックな異常:塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現異常。核内のゲノムDNAはヒストンタンパク質に規則的に巻き付きクロマチン構造をとり遺伝子発現が制御されている。ゲノム各領域のクロマチン構造は、細胞の種類や状態によって異なるが、DNAのメチル化、ヒストンのアセチル化やメチル化などが複合的にクロマチン構造を決定する。

注3 DNAメチル化プロフィール:ほ乳類のゲノムDNAは領域特異的にメチル化修飾を受ける。ある領域のメチル化状態は細胞の種類によって異なるため、ゲノム全体のメチル化状態は各細胞種に固有のパターンを示すことになる。細胞が持つこのパターンを、細胞のDNAメチル化プロフィールと呼ぶ。

注4 キメラ胚:遺伝的に異なる2つ以上の胚(または細胞)に由来する胚。キメラ胚形成は培養幹細胞の生体内での分化能を直接的に解析する手段として用いられる。

 

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