東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.75 (Fall 2022)
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Youは何しにアメリカへ? 今回は授業を通じて出会うことができた素敵な先生方の中から、川沢-今村百可先生に再度お話を伺うことができた。 まず初めに先生のご経歴について紹介していきたい。先生は高知県で牧場を営むご両親の元に生まれ、東京大学理科二類に進学。そして農芸化学科に進むも医学部に転部し博士号を取得された。現在ではペンシルバニア州立大学医学部の薬理学、生化学・分子生物学の准教授などをされている。主なご研究としては、病気と関連のある遺伝子変異の発見や、肥満に関連する遺伝子の修飾部位の同定などで成果を上げている。 インタビューの冒頭は先生のご出身である高知についてのお話から入った。実は私の父方の祖父母も高知であり、先生には勝手に親近感を抱いていたところである。 次に女性研究者としてのアドバイスをいただいた。先生曰く、素敵な旦那さんや親、上司を持つことが非常に支えとなるようだ。特にアメリカは育休として8週間は満額の給料が出るが期間としては短いものであったり、そもそも産休がなかったりなど大変な面もあるそうで、特に素敵な上司を身支えることがプラスに働くそうだ。ちなみに先生によると、素敵な上司の見分け方は家庭を疎かにせず大事にしているかどうかとのこと。この話を関連し、日米の研究室の違いについてもお話を伺った。大学は「何かをきわめるところ」との思いを胸に東大農学部のドアを叩いてもう30年近く、日本を離れてからも20年ほどになります。ポスドクや民間企業での研究員、および大学教員として働いてみて、「私は何かをきわめられただろうか」と自問する日々です。アメリカは転職しながらキャリアアップする世界です。日本もそうなりつつあるように見受けます。小野川さんとのインタビューを経て、迷いながらも恐れずに進んでみる姿勢を持ち続けて欲しいなと思いました。一つドアを開けると、次のドアが見えてきますよ。しれない。ていないと頭が止まっているように感じるという。時には専門領域から飛び出すことで新しい視点を得られ、当たり前のようでいて誰も気づかなかった意外な発見があるかも さらに、河鰭先生の今後の展望についてもお話を伺った。 植物工場での農作物生産が実用化するには、一般的な栽培方法で栽培された野菜以上に安く生産する必要があるという。そのために、工場の建物のコストを下げるための研究をしている。工場での野菜生産を実用化に近づける一方、工場でのくだものの生産方法も模索されている。というのも、レタスなどの葉野菜は棚の中で生産できるため、人工光との距離を短くすることができる。しかし、木になる果物などは、棚の中に収まらないため、人工光との距離が離れてしまう。先生は、果樹の形をいちごなどのような形に変えることで対応できないかと考えている。 また、植物工場を用いていちごを通年生産することも河鰭先生の夢の一つだ。現在、ハウス栽培が主流のいちごは、先生の誕生日でもある8月9月にはほとんど流通しない。そして、いちごは病気に弱いため、農薬漬けで栽培されることが多い。しかし、植物工場であれば、環境を制御でき、虫もつかないため、無農薬のいちごを通年生産す 地球での植物生産だけでなく、河鰭先生は月面での植物生産をも夢にみている。イることができるかもしれない。ンタビューの中では、「空気中の二酸化炭素を濃縮できたらいいな」とに語っていた。このアイディアには驚いた。計算上、人一人の呼吸で排出される二酸化炭素から20個のレタスを作ることが可能だという。しかし、炭素循環が複雑で難しく、炭素収支がな文字ダミー東京大学の英知を結集した学術的知見に基づき、産業界や自治体かなか合わない、と先生は苦笑いながらも楽しそうだ。などとも連携しつつ、国際的なGXの先 今回、インタビューの中で特に印象的だったのは、明らかになっていそうで実は明導を目指します。具体的には、人類の共確になっていないことに次々と疑問を抱いて調べる姿勢と、趣味になるほど研究に没有財産としての安定的な地球システム(グローバル・コモンズ)をより良く管理頭し、夢を持って研究と向き合っている姿だった。するメカニズムの構築を目的とする国際協働プロジェクト「グローバル・コモ(150W)植物工場の世界に飛び出して 東京大学附属農場生態調和農学機構の河鰭先生へのインタビューに基づき、ここ 園芸学が専門の河鰭先生は、農業工学を専門とする研究者が多い植物工場の分では主に先生の研究に焦点を当てる。野で研究をされている。植物工場とは、人工光でレタスなどを栽培するものだ。野菜の需要が高まる中、農地開発面積を抑えて生産量を増やす方法として注目を集めている。特に、食糧不足が深刻な発展途上国の大都市近郊や、農作物が育たない砂漠などの環境において、農作物の自給が可能となることが期待されている。 河鰭先生の研究で特筆すべき点は、植物の栽培に用いる培養液の濃度を全く制御せずに栽培している点だ。農業工学分野では、温度や湿度や肥料などの環境を高度に管理するほど効率よく栽培できるという考えが主流だ。しかし、園芸学が専門の河鰭先生は、植物の個体差が大きい中、環境を高度にコントロールすることに疑問を感じた。例えば、最適な肥料の量を考える際、根の発達の度合いがその植物が肥料をどれだけ吸うかに大きな影響を与える。さらに、植物全体で考えると、肥料は溶液に含まれている以外に植物体の中にも存在するため、コントロールすることが困難な部分も大きいのだ。肥料の量を制御することが困難であることは、河鰭先生のお話の中で聞けば当たり前に思えたが、農業工学の視点に囚われてしまうとなかなか気付けな 河鰭先生が植物工場の研究を始めた理由の一つは、園芸という一つの分野の中で研究を続けることに閉塞感を覚えたからだ。植物工場の研究を始め、農業工学の研究者と関わるうちに、専門に囚われていると当たり前のことが当たり前と認識できなくなってしまうことを実感した。その分野の研究が進むにつれてテーマが尽きて行き、他分野との境界領域にしか未開分野ないという状況が生まれる、という先生のお話には改めて納得した。そんな河鰭先生が若手研究者に望むことは、今までにない新しいことを考えつくことだ。そのために必要なのは、自分の発想に制限をかけずに妄想し、時間をかけて考えることだ。先生は、普段からさまざまなアイディアを頭に浮かべており、妄想しいものなのだろう。地球上の食糧や環境の問題は、日本にいるとあまりピンとこないかもしれませんが、月面で食糧や水、空気をどう確保するかを考えると、今まで考えもしなかった要素がキーになっていることに気づかされます。附属生態調和農学機構河鰭実之10Interview03 川沢先生インタビューInterview04 河鰭先生インタビューK.OR.T〜川沢-今村先生解説! 日米の研究室の違いは?〜  日本(東大)長所:面白い人や天才肌の人が沢山いて楽しい。和気あいあいとしている。短所:つまらない授業が多い。研究者として素晴らしくても教育者としてはイマイチな先生がいる (先生曰く、高橋先生は研究者としても教育者としても素晴らしかったとのこと)。勤務時間はおおよそ9時に出勤し、21〜22時に退勤。   アメリカ(ペンシルバニア州立大学)長所:分業化が進んでいて研究者が書類の管理などの雑用をする手間がない。著名な先生であっても突然の質問にフレンドリーに答えてくれる。研究分野の垣根がない。短所:競争が激しくて同じ研究室内でも場合によってはギスギスした雰囲気が出てしまう。勤務時間はおおよそ7〜8時に出勤し15〜17時には退勤。9時間以上研究室にいることはない。長時間勤務はアメリカでは仕事が遅い人だと思われてしまうのだとか。 その後私は先生に、授業内で行った前回のインタビューで疑問に思ったことを質問してみた。それは医学と獣医学に境界はあるのかということだ。先生のご回答を簡単にまとめると以下のようになった。① 医学部と獣医学部は別の学部であることが多いが、総合大学だと同じ授業もある。② 研究としては、動物で盛んな研究の成果を人間にも応用することもある。①に関連して、アメリカには医師と看護師の間に日本にはないポジションがあることや医療従事者の待遇が良いことも教えてくださった。②の例として、大型犬に多い骨肉腫には既に効果があるワクチンが存在するので、人間にも応用できないかという取り組みがあるとのこと。骨肉腫は人間の症例は少なく研究が遅いそうだ。 他にも、ご研究のテーマはどのようにお決めになっているのか個人的に興味があったので、先生に尋ねてみた。研究テーマについては、学生の頃は先生が複数提示してくださったものの中から選ぶ形式であったとのこと。先生の立場になってからは、政府が力を入れているものやお金が取れそうなものなどを考慮して決めているそうだ。〜自分の進路について相談してみた〜 私自身、今後の進路について迷っているところがあったのでこの機会に…と先生に相談させていただいた。私は、小さい頃から大好きなシャチの研究者か水族館の獣医さんになるかで迷っている。どうやら先生ご自身も40歳まで研究者を続け、結果が出なかったら獣医さんになろうと考えていたようで、大変親身になって私の相談に耳を傾けてくださった。 最後に大変個人的な話になってしまったが、お優しい先生は私のためにお知り合いをご紹介してくださって本当に感謝している。お知り合いの方は文系から理系分野に転じられた方で、メールを通じて貴重なお話を伺うことができた。私も自分なりに色々考えたり調べたりしながら、この短い期間ではあるが目標をいくつか決めることができた。 以上、川沢-今村先生のインタビューについて限られた分量ではあるができる限り詳細にお伝えした。先生のますますのご活躍をお祈りして終わりとしたい。アメリカやカナダに行く先輩への憧れや、アメリカは移民の受け入れを積極的に行っていて成果を出せば働きやすいイメージがありました。〜医学と獣医学の境界について〜ペンシルバニア州立大学医学部川沢(今村)百可

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