東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.75 (Fall 2022)
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私の研究者人生は別府輝彦先生の存在なくしては考えられません。しかも、その出会いがクジ引きによってもたらされたのだから、やはり運命のようなものを感じます。大学入学後、バレーボール部に入った私は、運動会総務の活動にすっかり熱中し、学業の成績は芳しくはありませんでした。別府先生の研究室は人気が高く、定員以上の志望者がいたため、クジ引きではなく、成績順で配属が決められていたら、私は全く違う人生を歩んでいたかもしれないと、今になって思います。 別府先生の下で学んだ時間は私にとっての財産です。別府先生は科学者であるだけでなく、文学や芸術や政治にも造詣が深く、ラボでの飲み会で話す何気ない言葉さえ、私の血となり、肉となりました。数ある言葉の中で、今も心の拠り所となっているのが「微生物に頼んで裏切られたことはない」。もともと別府先生の恩師・坂口謹一郎先生の名言で、微生物探索の無限の可能性を見事に言い表わしています。さらに「探索とデザイン」という言葉もよく口にされました。未知のものを探し出し、それをデザインしてより優れたものを創る。つまり、「探索」と「デザイン」こそがサイエンスの両輪なのだという意味です。 私が研究を始めたのは、新しい構造の抗生物質が続々と発見された黄金時代の名残が強く残っていた時代でした。そのため、当時は化学構造が新規で特許が取得できるものでなければ、研究は続行しないという事情もありました。私がまだ大学院生だった頃に着目した物質にトリコスタチンAがあります。白血細胞の分化を強く誘導する活性物質であることが分かったのですが、物質としては既知のもの。私が研究を続け、この物質のメカニズムを突きとめるべきかどうか思案しているとき、別府先生はこうおっしゃいました。「面白ければ、何をやってもいいんだよ」。 つまり、別府先生は「研究を続けなさい」と強く背中を押してれたのです。私は研究を続け、最終的にはトリコスタチンAがヒストン脱アセチル化酵素を唯一の標的とする特異的阻害剤であることを明らかにしました。この阻害剤のおかげで、現在、ヒストン脱アセチル化酵素は、エピネジェネティクス(遺伝子発現制御機構)の重要なメカニズムの一つとして、抗がん剤のターゲットとなっています。  人生の面白さ、不思議さをあらためて感じます。人生にはたったひと言が自分の未来を大きく左右する瞬間があるのです。微生物学研究室 Minoru YoshidaトリコリコリコスタチスタチスタチンAのンAのンAのメカニメカニメカニズムがズムがズムがわかっわかっわかった時のた時のた時の記念写記念写記念写真真真。小さなだるまに目を書き込んでいます。書き込んでいますEpiphaniesその瞬間No.15私の背中を押してくれたひと言吉田 稔教授

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