東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.75 (Fall 2022)
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岡■■田■ 茂■■■5Frontiers 2 上記タイトルは、某人気漫画の主人公の台詞みたいですが、実は水中の小さな石油王ともいうべき生物がいます。それはBotryococcus brauniiという微細緑藻で、乾燥重量の数十パーセントにも及ぶ大量の炭化水素を生産し、細胞外に分泌します(図1)。一度分泌された炭化水素は、栄養源等として本藻種自身に使われることはありません。そのため他の微細藻類より増殖が遅いのが難点です。ただ、本藻種の炭化水素は、光合成により固定された二酸化炭素を原料として作られた物なので、燃やしても新たに二酸化炭素を排出しないため、石油に代わる環境に優しい燃料として期待されています。 本藻種は割とどこにでも居る生物で、東京大学の三四郎池や農学部内に置かれていたタンクの溜まり水からも見つかっています。興味深いことに、本藻種には異なる炭化水素を生産するA、B、Lと呼ばれる3品種があります(図2)。本藻種が大量の炭化水素を作れる仕組みが分かれば、生物工学的な手法を適用することで、より効率的な燃料生産ができるのではないかと考えました。そこで、炭化水素を作る酵素を調べたところ、BおよびL品種では、我々人間も含めた真核生物が、スクアレンという化合物を作る際に使う普遍的な酵素と良く似ているものの、本藻種に特有な酵素が、非常にユニークな機構で炭化水素を作ることが分かりました。本藻種による炭化水素図2.微細緑藻Botryococcus brauniiが生産する炭化水素B. brauniiのA品種はまっすぐな炭化水素を、BおよびL品種は枝分かれした形の炭化水素を作ります。A品種の炭化水素がどの様にして作られるかは、まだ良く分かってません。微細緑藻Botryococcus brauniiは、炭化水素という油を大量に作るため、石油の代わりとなるバイオ燃料源としての利用が期待されています。この微細藻が炭化水素を作るメカニズムを研究しています。の生産・分泌の仕組みをさらに詳しく調べていけば、より効率良く藻体を育て、牛の乳搾りのように、藻体を殺さずに分泌された炭化水素だけを回収する技術の開発につながり、真に環境に優しい燃料生産ができると考え、研究を続けています。図1.“石油”を生産する微細緑藻Botryococcus brauniiの顕微鏡写真微細緑藻B. brauniiは、個々の細胞を自身で生産しているポリマーで繋ぎ合わせて群体を作り、分泌した炭化水素をポリマー部に溜めます。カバーガラスで群体を潰すと炭化水素が染み出すのが見られます。スクアレン真核生物の体を作っている膜の構成要素であるステロールの原料となる化合物です。また、ある種の深海性サメの肝臓に沢山含まれていますが、我々人間の皮脂にも含まれています。化粧品の保湿剤等の原料として有用です。炭化水素炭化水素とは炭素原子と水素原子だけで出来ている化合物です。これに対し、大豆油等(脂肪酸)には酸素原子も含まれています。「燃焼」とは酸素と結合することですから、酸素を含む化合物は、半ば「燃えて」しまっているのと同じで、燃焼時に放出されるエネルギーが小さいのに対し、炭化水素は酸素と結合していないので、燃焼時の放出エネルギーが大きく、より燃料に適しています。石油の主成分は炭化水素です。水圏生物科学専攻水圏天然物化学研究室准教授 詳しくはこちら、http://anpc.fs.a.u-tokyo.ac.jp教えて!Q&A石油王におれはなる!!

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