東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.76 (Spring 2023)
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八■木■信■■行■■Frontiers 14  消費者が産地を応援する気持ちはどこから生じるのでしょうか? 私たちの研究室では、2011年の東日本大震災以降、被災地産品の応援買いなどが生じるメカニズムを調べるため、2012年、2015年、2018年、2020年に大規模な消費者調査を実施しマーケティングの手法で分析しました。 この結果、被災地水産物の購買意欲に影響を与える要因が3つに大別できることを見出しました。1つめは、味、栄養、価格など、「食品機能への期待」です。2つめは、復興への関与、伝統の保存など、「社会貢献への期待」です。3つめは放射線物質を検査する機関の信頼度といった「安全性への懸念」です。 そして「社会貢献への期待」が2015年までは購買意欲に強いプラスの影響を及ぼしていた点、しかし2018年以降これが一転して弱まった点を確認しました。2018年頃はすでに海産魚の放射性セシウム濃度はほぼゼロに下がっていました。しかしそれはあまりニュースになりません。そして東京などでは福島産の魚の売福島漁業を応援する寄せ書き(筆者撮影)いわき市の福島県漁業組合連合会に2013年頃掲示されていた大きな寄せ書きです。このような応援の輪が一般の農山漁村にも広がることを期待します。東大生協福島産直フェア(東大生協資料)産地と東大をつなぐ一環として、東大生協は2022年11月に福島産直フェアを実施しました。このような取組の広がりを期待します。産地の過疎化は日本だけ?食料の産地である農山漁村の過疎化は世界的に進んでいます。例えばモロッコの伝統的なオアシス農業でも、美しいオアシスを捨てて若者が都会に流れた結果、耕作放棄地が発生しています。国連も動いていて、「家族農業の10年(2019−2028)」を定め消費者の関心を高めようとしています。国連食糧農業機関(FAO)でも世界農業遺産の認定制度を作りグリーンツーリズムなどとの連携も模索しています。日本の対応についても世界は注目しています。風評被害を減らすには?人には損失を回避しようとする習性があります(プロスペクト理論)。購入した食品が汚染されているのではないかとの点が強く気になってしまいがちです。しかし風評被害が社会の損失につながるとの危機感が強くなれば、社会的な損失を防ごうと購買行動をして風評被害を減らせる可能性もあります。ただしこの前提として自身と社会がつながっていると消費者が感じている必要があります。こうしたメカニズムを踏まえた上で対策を行うことが重要です。耕作放棄地(筆者撮影)日本の中山間地では、美しかった棚田なども含めて耕作放棄地が広がっています。産地と消費者の協働を活性化させて、この状況を打開したいと考えています。れ行きは悪く、2022年でも福島県水産業の生産は震災前の2割しか戻っていません。これが消費者に伝わっておらず、自分が貢献しなくても何とかなると消費者が思うようになったため生じている現象だと思われます。 農山漁村の過疎地への対策についても同様です。消費者が、今、自分が貢献しなければならない、したい、と感じることが大切だといえます。IT技術などを活用して産地の大変な実態をリアルタイムで発信する、グリーンツーリズムなどを通じ都市と農村の行き来を増やすなどの努力を重ねて産地と消費者の協働を盛り上げることが大切です。農学国際専攻 国際水産開発学研究室教授On The Frontiers日本では農山漁村の高齢化と過疎化が進み、食料生産の担い手が減っています。これを他人事のように感じている消費者も多いでしょう。しかし消費者がこれを自分の課題だと感じ、産地と協働することが、今、大切になっています。教えて!Q&A農学最前線食料産地と消費者の協働を盛り上げる!

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