東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.77 (Fall 2023)
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大学を卒業し、ミサワホームに勤務して3年目のことでした。私はかねてより興味のあったアントニ・ガウディの建築を見るために、正月休みを利用してスペインに行きました。ガウディのサグラダ・ファミリアを見て、カルチャーショックを受けた記憶は今も鮮明です。ご存じのようにヨーロッパは石の文化。その石をそのまま構造体とし、しかも彫刻された石が仕上げ材にもなっています。私はこれこそ本物の建築であり、構造デザインとはこういうものだと開眼しました。 日本にも木の文化がありますが、現代の日本の住宅は木を構造体としながら、その表面に石膏ボードやクロスを貼って隠してしまいます。ガウディの建築を見て私が考えたのは、伝統的な社寺建築のように木の構造体をそのまま室内空間の意匠に活かすような建築物をつくることでした。そんな想いを胸に、スペイン旅行から1年後には会社を辞めて大学院に戻り、木の構造の研究を始めました。金物に頼らない、昔ながらの木組みを現代の構造計算に乗せようと取り組んだわけです。Masahiro Inayama木質材料科学研究室 大学院を卒業し、独立して自分の設計事務所を持ちましたが、まだ木造の構造設計が日の目を見る時代ではありませんでした。 ガウディ建築との出会い以来、私の2度目の転機となったのは、1995年の阪神・淡路大震災です。その頃、私は建築の専門誌『建築知識』で木構造に関する連載を持っており、震災発生の数日後には神戸の被災地に調査に行きました。そこで見たのは無数の木造家屋が倒壊した惨状です。私は科学に基づく木造の構造計算を確立し、木造住宅であっても震度7クラスの地震に耐え得るような設計法を確立することこそ自分の使命だと思いました。 その後、『建築知識』の連載の反響もあり、建設省(現・国土交通省)の委員会にも呼ばれ、耐震設計などの議論に参加しました。さらに日本住宅・木材技術センターの委員会を通じて、志を同じくする近畿大学の村上雅英先生との出会いもありました。共同で木質構造設計の理論を研究し、多くの実証実験を行ってきました。こうした長年の研究成果が2002年に発行された『木造軸組工法住宅の許容応力度設計』。木造の構造計算の手引き書として広く活用されるようになりました。 2010年には公共建築等における木材利用の促進に関する法律も施行され、木造には追い風が吹き始めました。地球環境の視点からも木造は二酸化炭素の排出量低減に貢献するため、今後、中大規模の木造建築はさらに増えていくはずです。No.17Epiphaniesその瞬間人生を変えた2度の転機稲山 正弘教授

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