東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.77 (Fall 2023)
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山■■田■良■■■子■ 問題行動とは、イヌやネコなどの伴侶動物が示す人間と生活する上で支障となる行動の総称です。例として、唸る・咬むなどの攻撃行動、身体を噛んだり舐めすぎたりして傷つけてしまう自傷行動、布団やカーペットの上といった不適切な場所での排泄などが挙げられます。問題行動が日常的に起こると動物の健康が損なわれるだけでなく、家族と共に暮らすことが困難になり、飼育放棄や安楽死に直結することがあります。そのため、問題行動は動物学・獣医学的観点のみならず福祉的観点からも看過できない事象です。 獣医動物行動学研究室では、問題行動の発生状況や原因を明らかにするための研究を行うとともに農学生命科学研究科附属動物医療センターの行動診療科にて問題行動の治療を行っています。2,000頭のイヌと1,400頭のネコを対象とした疫学調査では、柴犬で攻撃行動や尾追い行動(自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回り、尻尾を噛んで傷つける行動)が起こりやすい、雌ネコは雄ネコよりも攻撃行動を示しやすいなど、日本の一般家庭で飼育されているイヌやネコの問題行動の発生状況について興味深いデータが得られました。現在はゲノム解析による各問題行動の遺伝要因の探索をはじめとして、問題行動の背景に存在する因子や治療に関わる研究を進めています。問題行動の背景因子の解明と対処法の確立は動物の健やかな暮らしに繋がり、動物と人間がより良い関係性を構築できる一助となると期待されます。DNA解析風景イヌの血液からDNAを抽出して解析します4 行動診療科が開設されている農学生命科学研究科附属動物医療センターソロモンの指輪がるモチーフになっている研究室のロゴマーク農学生命科学研究科附属動物医療センター http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/vmc/品種や年齢によって起こりやすい問題行動に違いはあるの?イヌやネコには沢山の品種があり、品種ごとに起こりやすい問題行動が異なることが知られています。国際畜犬連盟には2023年6月時点で370品種のイヌが、世界最大のネコの血統登録機関であるTICAには73品種のネコが登録されています。品種ごとに気質や行動の特徴が異なり、その背景には遺伝学的要因が示唆されています。また、年齢も問題行動と関連する要因の一つです。シニアの動物では高齢性認知機能不全により夜鳴きや徘徊が起きることがあります。問題行動はどうやって治療するの?問題行動の治療に用いられる手法には、行動修正法、薬物療法、外科的療法があります。行動修正法は動物の学習原理に基づいて考案された不適切な行動を望ましい行動に変化させる手法であり、問題行動治療の中心です。薬物療法ではセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質のはたらきを調整する薬などが用いられます。薬のみで問題行動が完全に解消することはなく、行動修正法を補助する形で利用されます。ホルモンが関係する問題行動には、去勢や避妊手術などの外科的療法を併用することもあります。自傷により尾から出血したイヌ自分で自分の尾を噛んで出血してしまうこともあります攻撃行動を示すネコ攻撃行動は行動診療科に来院する症例の過半数を占める深刻な問題です応用動物科学専攻 獣医動物行動学研究室助教On The Frontiers多くの飼い主さんが一度は悩む、愛犬・愛猫の困った行動。“問題行動”の研究と治療を通じて、動物と人間が共に暮らしやすい社会を目指しています。Frontiers 1詳しくはこちら、獣医動物行動学研究室 http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/koudou/教えて!Q&A農学最前線問題行動を解決して動物も人も幸せに

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