東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.77 (Fall 2023)
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内■■田■圭■■ 私たちはこれまで農作物の収量を最大化するために集約的な農業を営んできました。その活動は意図せず、その生態系に生きる動植物との軋轢となってきました。一方で近年は、農作物生産の担い手が減少することで、管理のなされない農地が急激にその面積を増加させています。この2方向性を持つ農地の土地利用変化は生物多様性にどのような影響を与えるのでしょうか。 これまでの研究結果から、人間の農業生産活動が増加しても、逆に営農活動が無くなってしまっても、植物や昆虫は減少してしまうのではないか、ということがわかってきました。つまり、人間の農業生産活動は正負といった二項対立で単純に説明がつくものではない、ということ農地には様々な生物が生息しています。その生物たちは、農作物生産からどのような影響を受けて生きてきたのでしょうか。農業生産と生態系の関係について、今まさに世界が注目しています。だと考えられています。これまでの長い歴史の中、農作物生産という人間活動があったからこそ豊かな生態系が維持されてきた側面や、一方で過剰な農作物生産による生態系への負の影響、どちらの状況もしっかりと理解していくことが必要です。さらには減少してゆく農業生産の現場にも注視していく必要があります。 近年の日本では、人口減少などもあいまって、農業生産を担う労働者人口の減少や農業への関心の低下が進んでいます。農業生産活動を実施することでフードセキュリティにつながり、さらには生態系の維持にもつながる、そのような人間と様々な生物が共存することのできる生態系とは何か、これからも研究を進め明らかにしていく必要があります。生物豊かな水田生態系水田内のみならず畔や周辺の草地・森林には多様な植物、昆虫やカエルなどが生育・生息しています。このような管理された農業生態系は近年、急激に姿を消しています。ナゴヤダルマガエル近年、本種を見かけることが減ってしまいました。水田への湛水とともに生きてきた生物を今後も維持していくことが重要であると考えています。水田生態系の土地利用の変遷近年は、集約的な利用と利用の放棄といった2つの方向性を持った変化が急激に進行しています。これらの変化は様々な要因が絡み合っており、その要因の解明が課題となっています。URL https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.351.6276.908アメリカの国際誌Scienceでも紹介されています。農地の生物多様性は世界でも研究されているの?世界的なトピックになっており、世界中の国々の研究者が注力しています。特に、ヨーロッパ各国では、生物多様性を守るための、agri-environment schemeという計画のもと、政策を進めています。農地の生物多様性を守ることはなぜ重要なの?例えば、熱帯で生産されるコーヒーやマンゴー、日本でも果樹(カキ、リンゴ、ブドウなど)などの作物は、昆虫が花粉を運んで実が成熟しそれを人間が利用しています。また、作物を食べてしまう昆虫(害虫と呼ばれる)は、鳥やクモなどの天敵にコントロールされて爆発的な増加が抑えられています。様々な生物が互いに関わり合い、農業生態系は維持されています。農林水産省発行のパンフレット農業生態系における生物多様性の保全やその重要性について解説しています。生態調和農学機構助教Frontiers 25教えて!Q&A人間と様々な生物が共存する農業生態系を目指す

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