東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.79(Fall 2024)
5/12

三■■條■■■場■千■寿■ 准教授 世界全体の感染症の17%以上は、蚊・ハエ・ノミ・シラミ・ダニなどの節足動物が病原体を媒介すると言われています。私たちは、ハエ目昆虫サシチョウバエの吸血行動によって、リーシュマニア原虫という寄生虫がうつることで感染するリーシュマニア症の抑制を目指しています。 日本では聞きなれない感染症ですが、世界80カ国以上で流行しています。国と地域により、リーシュマニア症の伝播様式は異なり、関与するサシチョウバエ種や動物も変わります。また、リーシュマニア症に効果的なワクチンはまだ開発段階のため、早期診断・治療に加え、伝播様式を明らかにし感染経路を遮断することが重要なカギとなります。 流行が深刻な国のひとつであるトルコでは、正確な患者数が分からない地域も多く、また昆虫によって病原体に感染することを知らない人が多数います。私たちは、地球規模課題対応国際科学技術協力事業(SATREPS)のもと、トルコにおけるリーシュマニア症患者数減少のため、より簡単で正確に病原体を検出する技術の開発、ベクター・リザーバー動物制御法の開発等を行っています。そして、医療スタッフ、獣医師、地域住民、それぞれに向けたガイドラインを作ることを目指しています。 温暖化や経済社会活動に伴う生物相の変動により、節足動物によって媒介される感染症は容易に拡大します。持続可能な感染症対策を確立するためには、各分野の研究者のみならず、政府や地域住民との連携が必須です。地域住民の方々に正しい情報を伝え、また節足動物感染症によって生じる問題を、より多くの人に考えてもらうためのサイトを立ち上げました(下記URL①)。専門外の方でも理解いただけるよう工夫しました。地球規模課題である節足動物がもたらす感染症について、一人でも多くの方が興味を持ってくれることを願います。空間を自由に飛ぶ昆虫、自由に行動する動物が関与する感染症を防ぐのは簡単ではありません。地域や社会と連携して、寄生虫感染症であるリーシュマニア症制御に向けて取り組んでいます。サシチョウバエ(トルコにて)世界で約900種以上の報告があるサシチョウバエ種のうち90種以上がリーシュマニア原虫を媒介することが知られています。原虫に感染したメスの吸血行動により感染します。リーシュマニア原虫 A. サシチョウバエの腸内での形態です。鞭毛を持っています。B. 人や動物の体内での形態です(無鞭毛型)。本来、体内に侵入した病原体などの異物を消化する マクロファージ内に寄生します(矢頭:リーシュマニア原虫)。現地調査の様子。家畜の有無などライフスタイルの聞き取り、節足動物の採集を行います。リーシュマニア症とは?大きく分けて皮膚型、内臓型があります。皮膚型は、サシチョウバエが刺した皮膚に、結節、潰瘍などの皮膚病変が生じます。治癒しても瘢痕が残ります。内臓型は、原虫が体内に移動し、発熱、体重減少、貧血、脾臓および肝臓の腫大を引き起こします。治療を施さない場合、死亡する可能性が非常に高い感染症です。トルコでは、皮膚型、内臓型、どちらも流行しています。またイヌのリーシュマニア症も大きな問題となっています。ベクター、リザーバー動物とは?ベクターは、病原体を運ぶ節足動物種を示します。リザーバーは、病原体に感染している動物で、人の感染症の供給源となります。ベクターとリザーバー、どちらか一方の制御では、感染症のサイクルを断ち切ることができないため両方の制御が重要です。地域住民にはどんな活動をしているの?感染症流行地では、どうして感染症に罹るのか、どうやって予防するのか知らない人が多いのが現状です。私たちは、住民が自らの健康を守るための教育活動をアニメーションを使って行っています。バングラデシュにて応用動物科学専攻応用免疫学研究室Frontiers 2詳しくはこちら、①: https://vector-borne-disease.org②: https://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/immune/AB5教えて!Q&A節足動物がもたらす感染症を制御する

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る