東京大学 大学院 農学生命科学研究科・農学部 広報誌『弥生』Vol.79(Fall 2024)
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7大学院修了式PROFILE高橋 祥子 Shoko Takahashi 1988年生まれ、大阪府出身。2010年京都大学農学部を卒業し、2013年6月東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に(株)ジーンクエストを起業。2018年、(株)ユーグレナの執行役員に就任。現在、同社バイオインフォマティクス事業 戦略アドバイザー。経済産業省「第2回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞、「第10回日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞など受賞多数。著書に『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』(NewsPicksパブリッシング)他。創業当時のメンバー卒業生人名録 15農学の道に進んだ経緯を教えてください。父親が医師で、親族に医師が多い家系だったので、大学進学を前に考えた進路は「医師か、医師以外か」の2択でした。その頃、父が勤める総合病院を見学したのですが、あらためて実感したのは病院に来られているのはみんな病気の方だということ。同時に病気を治療することも素晴らしい仕事だけど、病気になる前になんとかできないものかと考えるようになりました。その疑問に対する答えを探すために選んだのが農学部です。父からも「病気を幅広い視野から研究するなら農学部がいい」とアドバイスされました。博士課程在籍中に、遺伝子解析サービスで起業されました。病気の予防メカニズムを研究する研究室に所属したのですが、当時、繰り返しディスカッションしたテーマが「どうしたら研究成果を社会に還元できるか」。もう一つは「どうしたら研究を早く進められるか」。そこで生まれたのが研究データを集め、プラットフォーム化するという発想です。私が起業した2013年はヒトゲノムの解読から10年が経過し、遺伝子解析コストは劇的に下がっていました。遺伝子解析の研究成果をサービスとして提供し、その結果、データを蓄積できれば、研究はさらに進みます。新しい発見や社会への還元の可能性も高まります。つまり、起業することが目的ではなく、研究を社会に還元し、かつ研究を進めるためには起業が最適解だったということです。農学を志す人へのメッセージを。農学は自然の力を活かす学問であり、その根底にあるのは「生きとし生けるものは皆等しく尊い」という、ある意味で非常に日本的な考え方だと思います。農学部出身で起業された方を数多く知っていますが、皆さん、ただお金儲けをしたいというのではなく、社会に貢献すること、人のためになることをしたいという方ばかり。気候変動や食料問題など世界が抱える問題を解決する上で、今後、農学はますます重要になります。農学を学ぶ人がもっともっと増えてほしいですね。研究と経営、苦労も多かったと思います。よく「研究者、経営者、どちらですか」と聞かれますが、私は両者を分けていません。研究者としても経営者としても目指すところは同じ。研究を社会に還元することです。ただ、起業当初は、サービス設計からマネジメント、採用、広報、財務とあらゆることをしなければならず、どれも一から勉強しましたが、失敗ばかりでした。もう一つ障壁となったのは遺伝子解析に対する無理解や偏見です。わからないことへの不安を取り除くには地道に説明しながら活動するしかありませんでした。遺伝子解析は今後、どのように社会に活かされていくでしょうか。遺伝子情報からガンなど病気のリスクがわかれば、生活習慣を工夫することで、その発症を抑えることができます。一人ひとりの遺伝子に合わせた最適な予防や治療を行うことが可能なわけです。さらに今後はメンタルヘルスやウェルビーイングの分野での活用も期待されます。たとえば、睡眠。日本は不眠に悩む人が多く、その経済的損失の大きさが指摘されていますが、睡眠にも遺伝子は大きく関わっているのです。こうしたさまざまな研究が企業や大学との間で進められており、共同プロジェクトはすでに50を超えています。問われるのは手法より目的起業は研究の最適解ビジネスの力で研究を加速させる株式会社ジーンクエスト 取締役ファウンダー高橋 祥子

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