よく「何でも剥製にできるんですか」って聞かれるんだけ10ど、死んだオヤジは「できないのはノミのキンタマくらいだ」って答えてました。要するに、何だって剥製にできるってことです。小さな昆虫や魚からゾウやサメまで、あらゆる動物を剥製にできる。俺がやった一番大きな剥製は体長8mを超えるウバザメ。世界最大級のウバザメって触れ込みで、大洗の水族館(アクアワールド茨城県大洗水族館)に展示されています。 剥製をつくる作業は細かくいえばいろいろあるけど、たいていの動物は冷凍されている。これを解凍したら、皮を剥いで汚れを洗浄し、次になめしの作業が待っている。なめしというのは動物の皮から不要な脂肪を取り除き、防虫・防腐の処理をすること。この皮で胴体の石膏型を取り、その型にウレタン樹脂を流してボディを作る。ボディになめした皮を被せ、ここから顔や細部を仕上げ乾燥させます。本来なら、乾燥期間は数カ月から半年くらいほしい。皮は生きているんです。だから、乾燥の途中で亀裂が走ることだってある。いい剥製を作るには十分に乾燥させてから、目や口など細部の最終仕上げをしないといけない。 ところが、どこの博物館や大学も納品を急ぐんです。標本への愛がないっていうのかな。保存や管理に対する意識も低い。定期的にブラッシングするとか、展示しないときは暗幕をかけるとか、それだけで随分違う。本当は我々専門家が管理の仕方を教える場があっていいし、博物館の学芸員なら仮剥製くらいできてしかるべきなんです。 そこへ行くと、欧米は博物館だけじゃなく、国を挙げて剥製を管理し、守っている。アメリカには全米剥製師協会という団体もあるしね。3000人くらいが所属していて、一応、俺も永久会員になってます。一方、日本はどんどん減っちゃって、現在都内で剥製をやっているのは2〜3社くらい。向こうじゃ剥製はアートであり、剥製師はアーティストとして認められているんです。 いい剥製を作る上で問われるのはやっぱり感性であり、美的センス。技術だけじゃダメ。作業を始める前に、あらゆる部分を採寸して、デッサンするし、日頃から野生動物を観察したり、図鑑で調べたりもする。道行く人を見たって、つい骨格やプロポーションが気になっちゃう。寝ても覚めても、剥製のことを考えているわけです。そこまでやるから、動物が一番輝いていた瞬間の表情や動きを再現できるんだと思っています。PROFILE尼ヶ崎 研 Ken Amagasaki1954年生まれ。日本大学豊山高校を卒業後、約1年間のヨーロッパ放浪を経て、家業の尼ヶ崎剥製標本社に入り、剥製師の道へ。2009年、同社の3代目社長に就任。34剥製師はアーティスト㈲尼ヶ崎剥製標本社社長 尼ヶ崎 研Ken Amagasaki
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