7電動キックボード事業者を中心に、新たなマイクロモビリティ技術の社会実装促進を目的とする「マイクロモビリティ推進協議会」を設立し、会長に就任。卒業生人名録 16なぜ農学部に進んだのですか。起業についての構想はいつ頃から?今後の事業展開を教えてください。事業は急速に拡大しました。最初は介護ビジネスを考えたそうですね。アシスト自転車が3万台以上、その貸出・返却ができるポートが1万1千箇所以上あります。それだけ都市部も地方も移動課題を抱えている方が多いということです。嬉しいことに訪問介護事業者との連携もでき、当初やろうとしたことに近付くことができたと感じます。また、現在、全年齢層での使用を視野に入れた、3〜4輪タイプの新しい電動モビリティを研究開発中で、これが実現すれば地方の高齢者の方にも使っていただけるはずです。かつて鉄道会社は鉄道を整備し、駅を中心にした街づくりを行いました。ぼくらもそこは同じです。たとえば、昔ながらの商店街や施設が次の時代に残っていくようなインフラをつくりたい。少なくとも数年以内には「駅から離れた場所でもLUUPがあるから快適に暮らせるね」と言ってもらえるような状態にしたいですね。僕らの強みは新しい交通インフラに必要なソフトウェアとハードウェアとデータベースをつくりつつ、自治体や企業や警察とも対話を続けてきたこと。この4輪を回していけば、これまで誰もやれなかったことが実現できると思っています。SF作家ジュール・ベルヌが言うように「想像することは実現できる」と信じています。必要なときだけ介護スタッフを派遣できるスマートフォンアプリを開発しようとしたのですが、日本の都市構造上、移動効率があまりに悪いので断念しました。こうした経験もあって生まれた構想が新しい交通インフラをつくること。駅前とそこから離れた場所を新しいモビリティで結べば、周辺で暮らす人々の暮らしや仕事はもっと便利になるはずだと考えたのです。具体的には電動アシスト自転車と電動キックボードのシェアリングサービスでした。現在、電動キックボードと電動中高一貫校だったので、ES細胞やクローン技術に関するレポートを5年かけて書くという授業を受講していました。ES細胞の本の著者に取材に行ったこともあります。それでバイオサイエンスに興味を抱くようになり、その延長線上にあったのが農学部です。とはいえ、当時は将来設計についてはほとんど白紙に近い状態。農学部に入って気づいたのは、自分は研究者の道を究めるより、研究のための資金調達や研究成果の社会実装に注力するほうが向いているということでした。もともと起業が目的だったわけではありません。在学中に親しい仲間とよく話したのは、50年後、100年後も日本に必要とされる事業を実現できるなら、そこに人生を捧げるべきだということでした。そこで、仲間と各自の役割を決め、その役割に必要なスキルを就PROFILE岡井 大輝 Daiki Okai ムに勤務。2018年に退職し、大学時代の仲間と株式会社Luupを創業。代表取締役CEOを務める。2019年には国内の主要職先で身につけようということになったんです。そして30歳で再集結し、起業しようと。僕自身は戦略系コンサルティング企業に就職しました。実際には30歳ではなく、2年後に仲間と起業したのですが、それはこのまま会社でスキルを上げても、起業の実現性が高まるわけではないと判断したからです。少子高齢化や人口減少の問題を考えた場合、介護領域は日本の大きな課題です。これを解決するために、株式会社Luup 代表取締役CEO岡井大輝1993年生まれ、東京都出身。2017年、東京大学農学部卒業後、戦略系コンサルティングファー日本の課題を解決する100年先の未来を想像しながら
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