頭部と尾部が褐色を呈するカイコ変異体「褐頭尾斑」(bts, brown head and tail spot)(注1)の原因が、yellow-eにおける変異であることを証明した研究。キイロショウジョウバエにおいては、yellowファミリーは、体色に関わる遺伝子群であることが報告されているが、yellow-eの機能を解明したのは本研究が初めてである。
図 正常系統、bts系統、bts2系統のカイコの写真
A:正常系統、B:bts系統、C:bts2系統、D&E:正常系統の頭部と尾部、F&G:bts系統の頭部と尾部、H&I:bts2系統の頭部と尾部。Arrowheadsとarrowsは、それぞれ頭部および尾部において色が変わる場所。
カイコ幼虫の正常系統の体色は白であるが、変異体「褐頭尾斑」では、頭部および尾部が赤褐色になる(図)。その複対立遺伝子である「第二褐頭尾斑」(bts2, brown head and tail spot 2)(注2)においては、頭部と尾部が褐頭尾斑よりも濃褐色を呈する(図)。このカイコの斑紋形成は、それぞれbtsおよびbts2と呼ばれる遺伝子によって決定されており、これらが所属する連関群はすでに明らかにされていたが、遺伝子の本体や機能についてはまったく不明だった。
今回我々は、カイコのゲノム情報を利用したポジショナルクローニング(注3)により、btsおよびbts2の単離に成功した。この原因遺伝子は、キイロショウジョウバエで発見されているyellow-e と呼ばれる遺伝子のカイコホモログ(Bmyellow-eと名付けた)であり、変異型の遺伝子構造内において正常系統には見られない欠失が存在したことから、Bmyellow-eの遺伝子構造上の変異が体色異常の原因であると考えられた。そこで、Bmyellow-eの皮膚における遺伝子発現を調査したところ、頭部と尾部で強く発現していることを突き止めた。これらの遺伝学的研究結果から、本遺伝子がbts変異体の原因遺伝子であると結論した。
原因遺伝子がコードするYellow-eタンパク質は、昆虫のみでみつかっているYellowタンパク質ファミリーに属することが分かっている。キイロショウジョウバエでは、これまで14種類のYellowタンパク質が報告されており、そのいくつかが、昆虫の体色や性行動、卵形成に関わっていることが知られている。しかし、ほとんどのYellowタンパク質については、どのような機能をもつのか未だわかっていない。Yellow-eタンパク質についても、これまで多くの生物でホモログが発見されていたが、その機能に関する知見はまったくなかった。本研究は、遺伝学的アプローチにより、Yellow-eタンパク質が昆虫の体色に関わることを示したはじめての報告になる。
なお、本研究は独立行政法人農業生物資源研究所昆虫ゲノム解析・情報解析ユニット(山本公子 ユニット長、門野敬子 上級研究員、三田和英 特任上級研究員)との共同研究で得られたものである。また、この研究は(1) 文部科学省科学研究費特定領域研究(比較ゲノム)、(2) 農林水産省委託プロジェクト「アグリ・ゲノム研究の総合的推進」(昆虫ゲノム)、(3) 文部科学省科学技術振興調整費(農学生命情報科学大学院教育研究プログラム)、(4) 文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト等による支援を受けている。
頭部、胸肢、尾脚のクチクラ部位の色素形成に関与する遺伝子。頭部および胸肢の外側面が赤褐色で尾斑がある。
(注2) 第二褐頭尾斑(bts2):bts の複対立遺伝子で、頭尾斑が bts よりも濃褐色を呈する。
(注3) ポジショナルクローニング:染色体上の位置情報をもとに遺伝子を特定するための方法。