発表者
西田 洋巳 (アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット 特任准教授)
本山 高幸 (理化学研究所 専任研究員)
鈴木 穣 (本学新領域創成科学研究科 准教授)
山本 尚吾 (本学先端科学技術研究センター 特任研究員)
油谷 浩幸 (本学先端科学技術研究センター 教授)
長田 裕之 (理化学研究所 主任研究員)

発表概要

ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤トリコスタチンA(TSA)処理によりヒストンを過剰アセチル化させたAspergillus fumigatusのヌクレオソーム(注1)DNA(ヒストン8量体に巻きついているDNA)の塩基配列を決定し、それらをゲノムにマップしました。その結果、TSA処理により、ヌクレオソームDNAがより長くヒストン8量体に巻き付いていることを明らかにしました。その影響としてヌクレオソーム密度が高い領域(例えばタンパク質コード領域)では、ヌクレオソームの位置に変化が生じていました。一般的にヌクレオソーム密度が低い遺伝子プロモータでは、多くの遺伝子においてTSA処理による大きなヌクレオソームの位置の変化は見られませんでした。この結果は、TSA処理・非処理の全遺伝子発現プロファイルがよく保存されていたことに関連していると考えられます。本研究において遺伝子発現におけるヌクレオソームの位置は、タンパク質をコードしている領域よりもプロモータ領域でより重要な意味を持っていることを明確に示しました。

発表内容

図1
図1

昨年、我々は大量並列型DNAシークエンサーIllumina Genome Analyzerを用いてAspergillus fumigatusのヌクレオソームマップを完成させ、発表しました(Bioinformatics 25: 2295-2297)。今回、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤TSAをA. fumigatusに処理し、その細胞におけるヌクレオソームマップを行い、TSAを処理していない細胞(コントロール)におけるヌクレオソームマップと比較しました。

まず、ヌクレオソームDNAの長さの分布を比較しましたところ、TSA処理により、ヌクレオソームDNAが長くなっていることがわかりました。しかし、コントロールとTSA処理細胞における全遺伝子発現プロファイルの相関性は高く(相関係数0.95)、コアヒストンに巻き付いているDNAの伸長との関連を調べました。

その結果、ヌクレオソーム密度が比較的疎である遺伝子プロモータ領域では、コントロールとTSA処理細胞間でヌクレオソームの位置が極めて保存されているのに対し、ヌクレオソーム密度が比較的密であるタンパク質コード領域においてはその保存度がプロモータ領域に比べ低いことがわかりました(図1)。

また、A. niduransにおいてはTSA処理により、ヒストン脱アセチル化酵素の一つRpdAをコードしている遺伝子の発現が上昇することが報告されています(BBA 1492: 120-126)。今回、A. fumigatusにおいても、rpdAの発現レベルがTSA処理により1.5倍以上上昇したことを確認でき、この発現変動は確認した31のヒストン関連遺伝子(ヒストンアセチル化酵素、脱アセチル化酵素、メチル化酵素などを含みます)の中で最も大きなものでした。

さらに、rpdAプロモータ領域における転写開始点は、厳密にその位置が保存されている一つのヌクレオソームに接しているリンカーDNA領域に認められ、このヌクレオソームのシークエンスタグ数がTSA処理により激減していることを明らかにしました。このことは、過剰アセチル化ヒストンの脱落と遺伝子発現の上昇に関係があることを強く示唆しています。

発表雑誌

PLoS ONE 5: e9916
“Genome-wide maps of mononucleosomes and dinucleosomes containing hyperacetylated histones of Aspergillus fumigatus

問い合わせ先

西田洋巳(農学生命科学研究科アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット,微生物インフォマティクス・フォーラム,E-mail: hnishida@iu.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 ヌクレオソーム: 真核細胞生物のゲノムDNAはヒストンタンパク質8量体(コアヒストン)に2周弱巻きつきヌクレオソーム構造を形成し、これを単位としてクロマチン構造が作られます。コアヒストンに巻き付いているDNAをヌクレオソームDNA、ヌクレオソーム間のDNAをリンカーDNAと呼んでいます。