発表者
大門 高明 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
平山 力 (独立行政法人農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 主任研究員)
金井 正敏 (東京大学農学部応用生命科学課程応用生物学専修 4年生(当時))
類家 慶直 (京都大学大学院薬学研究科、日本学術振興会特別研究員(当時))
孟 艶 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻、日本学術振興会外国人特別研究員(当時))
小瀬川 英一 (独立行政法人農業生物資源研究所 ジーンバンク 主任研究員)
中村 匡利 (独立行政法人農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 主任研究員)
辻本 豪三 (京都大学大学院薬学研究科 教授)
勝間 進 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
嶋田 透 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

カイコは系統によって白・黄・紅・笹・緑など様々な色の繭を作ります。私たちはこのうち、繭を笹色・緑色にするために必須のカイコ遺伝子「笹繭 b」(Green b, Gb)を単離しました。桑のフラボノイド(注1)はカイコのGb遺伝子の働きでカイコ体内へと取り込まれ、その結果、繭が笹色や緑色に着色します。さらに私たちは、繭に取り込まれたフラボノイドが、有害な紫外線から蛹を守る効果を持つことを明らかにしました。本研究は、東京大学大学院農学生命科学研究科と、独立行政法人農業生物資源研究所、京都大学大学院薬学研究科との共同研究の成果です。

発表内容

カイコの繭

図1.カイコの繭。品種によって異なる様々な繭色がある。本研究ではフラボノイド繭が作られるメカニズムと生物学的意義を解明した。

カイコの繭色は様々ですが(図1)、桑に由来するカロテノイド色素とフラボノイド色素によって決定されます。繭にカロテノイドが取り込まれると黄色や紅色になり、フラボノイドが取り込まれると笹色や緑色になります。また、色素が何も取り込まれないと白になります。

黄繭や紅繭といったカロテノイド繭に比べて、笹繭(注2)(ささまゆ)・緑繭(りょっけん)といったフラボノイド繭の生成機構は極めて複雑で、これまでほとんど不明のままでした。フラボノイド繭は、最近、その抗酸化作用や紫外線の遮蔽効果などの機能性が着目され、特殊用途の絹糸や化粧品の生産に活用されるようになっています。今回私たちは、カイコの全ゲノム情報を利用して、フラボノイド繭の生成に必須の笹繭b 遺伝子(Green b, Gb)の実体を解明しました。

ポジショナルクローニング(注3)法によってGb座の候補領域を絞り込んだところ、候補領域内に、UDP-グルコース転移酵素(注4) (UGT)の遺伝子クラスターが存在していました。Gb系統と+Gb系統との間でUGTクラスターの構造を比較したところ、+Gb系統のゲノムに約40 kbの欠失が存在しており、+Gb系統では少なくとも3つのUGT遺伝子に機能的な欠損が生じていました。その後の解析から、欠失領域内に存在するUGTの1つであるBm-UGT10286遺伝子がGb座の実体であることが明らかになりました。

Gb座を持つカイコ系統では、Gbの働きによって、桑に由来するケルセチン(フラボノイドの1種)の5位に位置選択的にグルコースが付加されます。ケルセチンの5位は化学的に最も不活性な部位であり、自然界においてケルセチンの5位に糖鎖が付加された化合物はほとんど見つかっていません。私たちの成果は、Gbは極めてユニークな位置選択性を有すること、そして、この位置選択的なグルコース抱合によって、カイコにおけるフラボノイドの体内動態が決定的に変化することを示唆しています(図2)。

さらに私たちは、繭に取り込まれたフラボノイドの生物学的な意義を検証しました。カイコの最終齢の幼虫は繭を作り終えた後、約1日の間、前蛹と呼ばれる状態で静止して蛹への変態に備えます。私たちは、カイコの前蛹が紫外線への暴露に極めて弱く、僅かな線量で蛹化阻害を受けてしまうこと、そしてカイコの繭には有害な紫外線から前蛹を守る重要な役割があることを明らかにしました(図3)。さらに、繭にフラボノイドを塗布したところ、繭の紫外線遮蔽効果が顕著に増強されました。この結果は、昆虫の繭は単純な物理的な防御壁として働くだけでなく、それに含まれる生理活性物質によって化学的な遮蔽としても機能し得ることを示唆しています。

フラボノイドには様々な有用な生理活性が知られています。本研究は、不明の点が多い、動物におけるフラボノイドの代謝・輸送・取り込みの詳細な分子機構の解明に大きく貢献するものと考えられます。また本研究によって、昆虫の繭は、単純な防御壁としての役割を超えて、さらに高度な生物学的機能を発揮し得ることが明らかになりました。

Gbの働き 図3
図2: Gbの働き。Gbは、中腸(消化管)で桑葉由来のケルセチン(図で緑の三角で表される)の5位をグルコース抱合し、血液 への輸送を促す。ケルセチンのグルコース配糖体(黄色の丸)は、血液から絹糸腺に取り込まれて、繭を笹色や緑色に彩る。 図3: 蛹化直前の幼虫に紫外線を当てると蛹化できなくなる。笹繭のフラボノイドには太陽光の紫外線を遮蔽してカイコ個体を保護する機能がある。

発表雑誌

和名: 米国科学アカデミー紀要
英名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (略称 PNAS)
掲載日時: オンライン速報版 (Early Edition)に、6月1日~7日の間に掲載される予定
著者: Takaaki Daimon, Chikara Hirayama, Masatoshi Kanai, Yoshinao Ruike, Yan Meng, Eiichi Kosegawa, Masatoshi Nakamura, Gozoh Tsujimoto, Susumu Katsuma, and Toru Shimada
論文題目:The silkworm Green b locus encodes a quercetin 5-O-glucosyltransferase that produces green cocoons with UV-shielding properties.

問い合わせ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科
生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室
教授 嶋田 透
Tel: 03-5841-8124
FAX: 03-5841-8011
E-mail: shimada@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp

助教 大門 高明
E-mail: daimon@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 フラボノイド

植物の代表的な二次代謝産物であり、色素性を持つものが多い。一般にフラボノイドは植物細胞内においては配糖体として存在しているが、糖修飾パターンは種特異的であり、糖転移反応を触媒するUDP-グルコース転移酵素(UGT)の位置特異性と糖供与体選択性がそれを規定している。

注2 笹繭

カイコの繭の形質の一つで、フラボノイドを含むために繭が笹色に着色する。笹繭のフラボノイドはカイコの飼料である桑葉に由来するものであるが、吸収後にUDP-グルコース転移酵素により特異なグルコース抱合を受けるため、桑葉のものとは構造が大きく異なっている。さらに、カイコ体内でフラボノイドが複雑な代謝を受けると繭が緑色になる系統もあり、この場合緑繭と呼ばれる。

注3 ポジショナルクローニング

ゲノム情報が明らかになった生物において、形質の遺伝的変異体と正常系統を交配し、その後代で当該変異と完全に連鎖する塩基配列をゲノム上にマッピングすることによって、遺伝子を単離する方法。

注4 UDP-グルコース転移酵素

基質にUDP-グルコースの転移反応を触媒する酵素。カイコゲノム上には、40種類以上のUDP-グルコース転移酵素が存在すると考えられている。