我々は世界に先駆けて、広義のTRPチャネルファミリー(注1)に属するPKD1L3/PKD2L1複合体が酸味受容体の有力候補であることを提唱してきました。本研究では、PKD1L3とPKD2L1の複合体形成、細胞表面移行、酸応答機能についてより詳細な分子機構を解明しました。さらに、PKD1L3遺伝子破壊マウス(注2)を作出し、PKD2L1の味孔局在がPKD1L3によって制御されるという味細胞における両分子の生理的な関連を明らかにし、生体においても両分子が協同して酸味を受容する機構を初めて提示しました。
酸味は食物が腐敗していることを示すシグナルである一方で、乳酸、クエン酸、酢酸などは我々の健康に良い様々な働きを持ちます。我々はこれまでに、Polycystic kidney disease 1-like 3 (PKD1L3)と Polycystic kidney disease 2-like 1 (PKD2L1)が、甘味、苦味やうま味を感じる味細胞とは異なる味細胞に発現することを発見していました。両分子を培養細胞に発現させると、様々な種類の酸味物質に応答します(Ishimaru, Y., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 12569-12574, 2006; Inada H., et al., EMBO Rep., 9, 690-697, 2008)。また、他のグループの報告によると、PKD2L1を発現する細胞を無くしたマウスは、酸味物質に対する味神経応答が消失します。以上の実験結果から、PKD1L3/PKD2L1は酸味受容体の有力な候補と考えられています。
本研究では、まず、PKD1L3やPKD2L1の欠失変異体を合計15種類作製し、共免疫沈降実験(注3)を行って、両分子間の相互作用に重要な領域が膜貫通ドメインであることを決定しました。また、相互作用に重要な領域を欠失した変異体は、チャネルとして機能するために必要な細胞表面に輸送されませんでした。次に、カルシウムイメージング法(注4)を用いた機能解析から、PKD2L1のC末端細胞内領域に存在するEFハンドドメインとコイルドコイルドメインは、酸応答には必要でないことが明らかとなりました。最後に、PKD2L1との相互作用に重要であることが判明した膜貫通ドメインを欠損させたPKD1L3遺伝子破壊マウスを作出しました。通常のマウスでは、PKD2L1タンパク質は味物質と接触する味孔という部位に多く存在しています。ところが、PKD1L3遺伝子破壊マウスでは、PKD1L3とPKD2L1が共に発現する舌後部の有郭乳頭と葉状乳頭の味細胞において、PKD2L1タンパク質が細胞質全体に分布していました。
以上の結果より、培養細胞と同様に味細胞においても、PKD1L3とPKD2L1間の膜貫通ドメインを介した相互作用が、酸味受容体PKD1L3/PKD2L1が味孔へと適切に輸送されるために必要であることが示されました。我々が酸味を感じている仕組みの一端が解明されました。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
味覚サイエンス(日清食品)寄付講座
阿部 啓子 特任教授
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石丸 喜朗 特任助教
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Transient Receptor Potential(TRP)チャネルファミリーのことで、ヒトでは28種類の分子が含まれる。視覚や嗅覚、味覚などの様々な感覚系において重要な役割を果たす6回膜貫通型の非選択的カチオンチャネルである。なお、多嚢胞性腎疾患の原因遺伝子として同定されたPolycystic Kidney Disease 1(PKD1)と高いアミノ酸相同性を示すPKD1L3を含む5分子は11回膜貫通型であるため、一般的にはTRPチャネルファミリーには分類されない。
注2 遺伝子破壊マウス:遺伝子組換え動物の一種で、胚性幹細胞(ES細胞)を用いて目的の遺伝子を破壊したマウス。特定の遺伝子が個体としての生物の体内でどのように働いているかを知るための方法として利用されている。
注3 共免疫沈降実験:2種類のタンパク質間の相互作用を調べる生化学的な方法。片方のタンパク質を認識する抗体を結合させたビーズを回収し、もう一方のタンパク質が含まれるかをウェスタン解析で検出する。
注4 カルシウムイメージング法:細胞内カルシウム濃度変化を指標として、細胞応答を調べる方法。例えば、受容体を導入した培養細胞や単離した細胞などにカルシウム指示薬を負荷して、リガンドを与えたときの細胞応答を解析する。