発表者
白須 未香 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
柿嶋 聡 (東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程3年)
長井 俊治 (国立がん研究センター東病院化学療法科 医師)
塚谷 裕一 (東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
邑田 仁 (東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
東原 和成 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表概要

世界最大の花として知られるショクダイオオコンニャクが、開花時に放つ強烈な臭気の成分を特定しました。

発表内容

2010年7月22日に開花した本学小石川植物園のショクダイオオコンニャク

図1 2010年7月22日に開花した本学小石川植物園のショクダイオオコンニャク

サトイモ科のショクダイオオコンニャク(Amorphophallus titanum、別名スマトラオオコンニャク)(図1)は、インドネシアのスマトラ島に自生する世界最大の花(正確には、雄花と雌花の集合体)として知られています。世界でも開花例は極めて少なく、国内においても2010年7月22日に、小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)で、19年ぶり6例目の開花が確認され世間をにぎわしたことは記憶に新しいと思います。

ショクダイオオコンニャクはその奇異な見た目だけでなく、開花時に腐った肉のような強烈な臭気を放つことから、イギリスの王立園芸協会から、「世界で最も醜い花」にも選ばれております。ショクダイオオコンニャクが開花時に放つ臭気は、授粉を媒介する昆虫を引き寄せるといわれています。しかし、開花が稀であることから、この花が有する臭気に寄与する匂い成分の分析例はこれまでにほとんど報告されておりません。本研究では、2010年7月に本学小石川植物園で開花したショクダイオオコンニャクの花の匂いを、経時変化を追って観察、分析しました。

まず、ショクダイオオコンニャクの花の匂いを人間の鼻で評価しました。開花開始から1~2時間の間は10~20分間隔で周期的に腐った果物の様な香りがします。そして、開花開始から4時間後に花が完全開花しますと、中心部(図1中の花序付属体)が体温程度(約35-36度)の熱を帯びるのに合わせて、腐肉臭の様な臭気が最も強烈になることが分かりました。また、開花開始から8時間程すると、花序付属体から液体分泌物が出始め、腐肉臭の他に腐った魚のような匂いが加わります。

そこで、ショクダイオオコンニャクが完全開花し、臭気が最も強い時間帯の花の内部の空気を捕集し、匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計(注1)を用いて、匂い成分の分析を行いました(図2)。その結果、完全開花時の臭気には、いくつかの短鎖脂肪酸や含硫黄物質が寄与していること、その中でも特に、加熱野菜や浸潤性の癌患部から放出される匂いとして知られる「ジメチルトリスルフィド」という含硫化合物が大きく寄与していることが示されました。

最後に、匂いセンサー(FF-2A)(注2)を用いて、ショクダイオオコンニャクの放つ臭気を客観的に官能評価しました(図3)。すると、完全開花時のショクダイオオコンニャクの匂いは、匂い嗅ぎガスクロマトグラフ分析で臭気への寄与が強く示唆された「ジメチルトリスルフィド」や、浸潤性癌の患部が持つ臭気と非常に良く似たパターンを示すことが分かりました。

本研究では、人間の鼻と最先端の匂いセンサーを用いることにより、ショクダイオオコンニャクが開花時に放つ匂いの詳細な分析、臭気の原因成分の同定に、世界で初めて成功しました。今後は、今回同定された匂い成分がどのようなメカニズムで産生されるのかを調べることにより、未だ謎の多いショクダイオオコンニャクの生態が明らかになると期待されます。

匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計を用いたショクダイオオコンニャクの匂い成分分析
図2 匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計を用いたショクダイオオコンニャクの匂い成分分析
匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計を用いて、ショクダイオオコンニャクの仏炎苞内部の空気の匂い成分を分析した結果を示します。時間軸の下には、クロマトグラフで分離された成分をヒトの鼻でにおった時の匂いの質を表記しました。また図中には、質量分析計で同定された代表的な匂い成分の化学構造を示しております。
図3 匂いセンサー(FF-2A)による匂い官能評価
ショクダイオオコンニャクの匂いを、匂いセンサーで評価すると、硫黄系、有機酸系のセンサーが強く反応を示していることが分かります (A)。このパターンは、ジメチルトリスルフィド単品 (B)や、浸潤性の癌患部から採取した空気をセンサーにかけた時 (C)とよく似ています。

発表雑誌

雑誌: Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry (2010年12月7日オンライン掲載)
著者: Mika SHIRASU, Kouki FUJIOKA, Satoshi KAKISHIMA, Shunji NAGAI, Yasuko TOMIZAWA, Hirokazu TSUKAYA, Jin MURATA, Yoshinobu MANOME, and Kazushige TOUHARA
題名: Chemical Identity of a Rotting Animal-like Odor Emitted from the inflorescence of the Titan Arum (Amorphophallus titanum)

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 生物化学研究室
教授 東原 和成
Tel: 03-5841-5109
FAX: 03-5841-8024
E-mail: ktouhara@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
HP: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/

用語解説

注1 匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS-O)

匂い嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析計は、ガスクロマトグラフのカラムで分離された溶出成分の匂いを分析者が自らの鼻で嗅ぎ、匂いを検出し、同時に質量分析計により成分の同定を行うことができる装置です。主に、食品業界において食品の香気成分分析や悪臭の原因物質同定などに用いられています。

注2 匂いセンサー(FF-2A)

匂いセンサー(FF-2A)は、人間の官能評価と同じように、においの「質」と「強さ」を表現できる装置です。においの強さや質を数値化することにより、客観的な評価ができるようになります。(島津製作所ホームページより引用)