発表者
笠井 光治 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・特任助教)
高野 順平 (北海道大学大学院農学研究院応用生命科学部門・助教)
三輪 京子 (北海道大学創成研究機構・特任助教)
豊田 敦至 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻・修士課程;当時)
藤原 徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・教授)

発表概要

植物細胞膜タンパク質の液胞への輸送・分解制御において、ユビキチンによる修飾が標的タンパク質の目印として必要であることを、シロイヌナズナのホウ酸トランスポーターBOR1(注1)を用いて、初めて明らかにしました。

発表内容

ホウ素(元素記号B)は植物生育に必須な微量栄養素であり主にホウ酸 (H3BO3)の形態で根から吸収されます。一方でホウ素は高濃度に存在すると毒性を示します。そのため植物はホウ素の吸収量を制御するための巧みな機構を持っています。当研究グループではこれまでに、根においてホウ素の導管への積み込みを担うホウ酸トランスポーターBOR1を世界に先駆けてシロイヌナズナから単離、同定しました。また、ホウ素過剰条件下ではBOR1タンパク質はエンドサイトーシス(注2)経路により液胞(注3)に運ばれ素早く分解されることを発見しました。これは地上部へのホウ素の過剰供給を防ぐための機構であると考えられます。

本研究ではBOR1の分解制御に関わるアミノ酸残基の探索を行い、BOR1の590番目のリジン残基(K590)が、ホウ素過剰条件下でのBOR1の分解に必要であることを見いだしました。K590をアラニンに置換した変異体(K590A)では、高ホウ素濃度に応答した分解が完全に抑制されていました(図1)。また、高濃度ホウ素の添加によりBOR1は一つもしくは二つのユビキチン(注4)により修飾されること(ユビキチン化)、K590A変異体ではそのユビキチン化が検出されないことを明らかにしました。これらの結果は、高いホウ素濃度に応答してK590残基がユビキチン化されることがBOR1の分解に必要であることを示唆しています。また、高ホウ素濃度に応答したK590のユビキチン化は、BOR1のエンドサイトーシスによる細胞膜からの積み出しのステップではなく、その後の液胞への輸送段階を制御することが分かりました(図2)。

本研究成果はホウ素栄養の吸収特性を改良した作物の創出に利用できる可能性があります。また、この制御機構はBOR1だけではなく、他の多くの細胞膜タンパク質の分解制御に共通していると考えられ、不要な膜タンパク質の除去といった膜タンパク質の品質管理システムの解明にも役立つと期待されます。

K590A変異がBOR1の高ホウ素濃度に応答した分解に与える影響 BOR1の液胞への輸送のモデル図
図1. K590A変異がBOR1の高ホウ素濃度に応答した分解に与える影響
野生型のBOR1またはK590A変異体をGFP遺伝子と連結し、BOR1プロモーター制御下で発現させたシロイヌナズナ形質転換体の根のGFP 蛍光を観察した。高ホウ素濃度(100 μMホウ酸) で2時間処理すると野生型ではGFP蛍光が消失するが、K590A変異体では蛍光の消失が観察されない。
図2. BOR1の液胞への輸送のモデル図
ホウ素濃度が低い場合(-B) エンドサイトーシスにより初期エンドソーム(注5) に積み出されたBOR1は細胞膜にリサイクルされるが、高ホウ素濃度条件では(+B)BOR1のK590 残基がユビキチン化され、それが標識となって初期エンドソームから多胞エンドソーム(注5)を介して液胞に送られる。K590A 変異体ではユビキチン化が起こらないために多胞エンドソームを介した液胞への輸送が出来ない。

発表雑誌

Journal of Biological Chemistry (2011) February 25, 286 (8): 6175-6183
Kasai, K., Takano, J., Miwa, K., Toyoda, A., and Fujiwara, T.
High boron-induced ubiquitination regulates vacuolar sorting of the BOR1 borate transporter in Arabidopsis thaliana

なお、本研究内容の一部が掲載誌の表紙に採用されました。
http://www.jbc.org/content/286/8.cover-expansion

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室 教授 藤原 徹
Tel: 03-5841-5104
Fax: 03-5841-8032

用語解説

(注1) ホウ酸トランスポーターBOR1:
トランスポーターは膜で隔てられた領域間の物質輸送を担う膜局在性のタンパク質の一種。通常、濃度勾配に逆らった能動輸送をすることができる。シロイヌナズナのホウ酸トランスポーターBOR1は生物界で初めて単離・同定されたホウ酸の輸送体で、細胞内から細胞外へホウ酸を排出する活性を持ち、ホウ酸の導管への効率的な積み込みに重要な役割を果たす。

(注2) エンドサイトーシス:
細胞が細胞外物質や細胞膜を内部に取り込む現象のことで、細胞膜の一部が内側に陥入して小胞を形成することで取り込まれる。

(注3) 液胞:
細胞内小器官の一つ。植物の液胞は細胞内の不要物を蓄積あるいは分解する機能を持ち、不要となった膜タンパク質もここで分解される。

(注4) ユビキチン:
76個のアミノ酸からなるタンパク質で、すべての真核生物で高度に保存されている。他のタンパク質のリジン残基に結合し修飾する(ユビキチン化)。

(注5) 初期エンドソームと多胞エンドソーム:
細胞内膜系の小胞輸送・選別に関わる細胞内小器官。エンドサイトーシスにより細胞膜から取り込まれた小胞は初期エンドソームに融合し、積み荷である膜タンパク質を受け渡す。さらに選別された膜タンパク質は小胞輸送により多胞エンドソーム、液胞へと受け渡される。