発表者
石川 一也 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程1年)
前島 健作 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 研究員)
難波 成任 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

東京大学 植物病院®は、本年2月、これまで我が国で発生の報告がなかった fig mosaic virus (注1)を島根県のイチジク(注2)から発見しました。日本では約50年前(注3)からイチジクの葉や果実が退緑する『モザイク病』が発生し、品質を著しく低下させるため問題となっていましたが、その原因は不明でした。海外においても、同様の症状が約80年前に報告され、各地で問題となっていました。近年、欧米のイチジクからこれまでにないウイルスfig mosaic virusが検出され、本病害の病原体として提案されていました。本病原体はイチジクに寄生するイチジクモンサビダニにより伝搬されると考えられています。

東京大学 植物病院®では、この結果を島根県に報告いたしました。この報告を受けた島根県は農林水産省に報告するとともに、注意を喚起するための病害虫発生予察情報の特殊報を発表しました。

なお、このウイルスは植物に感染するものであり、ヒトに感染しませんので、果実を食べても健康に影響はありません。

発表内容

添付資料
1. 診断概要
  1. (1)2010年4月、島根県病害虫防除所より本学 植物病院®に、イチジクの異常葉について依頼を受け、詳細な診断を行いました。
  2. (2)展開葉ではモザイク(図1A)新葉では奇形(図1B)等の症状を確認しました。これらの症状は、イチジクモザイク病の病徴と酷似していました。イチジクモザイク病は、我が国で約50年前から発生が確認されていたものの、原因は不明でした。一方、海外で近年本病害の病原体としてfig mosaic virusが発見されました。そこで、fig mosaic virusを標的としてRT-PCR法による特異的遺伝子の増幅、ゲノム解析、および特異的抗体の作出、ウェスタンブロット法などを用いた詳細な診断を実施しました。その結果、わが国ではこれまで未報告のfig mosaic virusを検出しました。
  3. (3)fig mosaic virusの性状に関してはほとんど情報がなく、その宿主範囲や伝搬様式も明らかではありません。しかし、イチジクモザイク病の発生にはイチジクに寄生するイチジクモンサビダニ(図2)による食害との関連が認められることから、本病原体はイチジクモンサビダニにより伝搬される可能性が強く示唆されています。
2. 現在の状況

2011年2月7日、本学 植物病院®による診断結果について島根県に報告いたしました。島根県から農林水産省へ本病の初発生が報告されました。

3. 今後の対応
  1. (1)島根県では健全苗の利用と、イチジクモンサビダニの防除の徹底等、まん延防止策を実施する予定です。
  2. (2)この病気は全国的に発生している恐れがあります。防除に向けて、イチジクの生産地を中心に全国的な発生調査をおこない、発生範囲を特定する必要があると考えられます。
  3. (3)この病気の診断技術は世界的にもまだ確立されていないため、植物病院®では簡易・迅速・安価な診断技術を開発中です。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
植物病理学研究室
教授 難波 成任
Tel: 03-5841-5053
Fax: 03-5841-5054
E-mail: anamba@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
H P: http://papilio.ab.a.u-tokyo.ac.jp/planpath/

用語解説

(注1)fig mosaic virus
  1. fig mosaic virusはBunyavirus科に属すると推定されている未帰属の植物ウイルスであり、マイナス一本鎖RNAをゲノムとする。1933年にアメリカのカルフォルニア州のイチジクにおいて初めてモザイク病の発生が報告され、原因は不明であったもののfig mosaic virusの存在が提唱された。2009年にイタリア、アメリカ、トルコの病徴を呈する複数のイチジクからこれまで未知のウイルスが検出され、fig mosaic virusと命名されるとともに、病原体として提案された。イチジクモザイク病は地中海沿岸地域をはじめとし、アメリカ、中国、オーストラリアなどイチジクが栽培されているほとんどの地域で発生が報告されているが、本ウイルスの検出例は未だ少ない。
  2. fig mosaic virusの伝染経路
    フシダニの一種であるイチジクモンサビダニにより媒介されるほか、感染樹の接ぎ木、挿し木によって伝染すると考えられる。ダニによる伝搬様式は不明。
  3. fig mosaic virusの感染による植物の病徴・被害
    葉にモザイク症状、奇形、退緑、葉脈透過、早期落葉を引き起こし、果実表面に斑紋を引き起こすほか、早期落果により品質低下・減収を伴う。葉や果実のコルク化・褐変によるさび症状は、イチジクモンサビダニの直接の食害によるものと考えられる。
  4. fig mosaic virusの防除方法
    感染樹を除去するほか、イチジクモンサビダニの防除をおこなう必要がある。また、イチジクモンサビダニの食害を受けたイチジク樹を用いた接ぎ木、挿し木を回避する必要がある。
  5. fig mosaic virusの寄主植物
    イチジク以外は不明。
(注2)イチジク(無花果)

英名: fig
学名: Ficus carica
クワ科イチジク属の落葉果樹。原産地はアラビア半島。日本へは江戸時代に伝来。

(注3)約50年前

小室康雄 果樹ウイルス病雑記 (1962) 植物防疫 16: 255–257. による。