発表者
早川 雄悟 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程(当時))
石川 絵里 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程(当時))
正路 淳也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 農学特定研究員(当時))
中野 浩幸 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程(当時))
北本 勝ひこ (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

発表概要

糸状菌(カビ)の菌糸体において、分泌酵素などのタンパク質を細胞表層へ輸送するエキソサイトーシス(分泌)は菌糸先端で起こることが知られている。今回我々は麹菌 Aspergillus oryzae を用いることで、実際にはエキソサイトーシスは菌糸先端のみでなく、隔壁においても起こっていることを明らかにした。この結果は、菌糸先端細胞以外の基部の細胞も、これまで考えられていた以上に重要な役割を果たしていることを示唆している。

発表内容

糸状菌におけるエキソサイトーシスの模式図

図:糸状菌におけるエキソサイトーシスの模式図
基部細胞でも隔壁に向けたエキソサイトーシスが起こっている。菌糸先端部位では主に先端生長に必要なタンパク質や分泌酵素などがエキソサイトーシスにより輸送される。基部細胞では、主に栄養分の取り込みに働く細胞膜トランスポーターなどが隔壁へと輸送される。

エキソサイトーシスは、アミラーゼなどの分泌タンパク質や細胞膜タンパク質を分泌小胞によって細胞膜へ輸送する機構である。輸送される物質はゴルジ体において分泌小胞にのせられた後、細胞骨格依存的に細胞膜へ輸送される。次いで分泌小胞が細胞膜と融合することにより、輸送された物質は細胞膜外へと移行する。

チューブ状細胞が連なった菌糸構造の先端を伸長することで増殖を行う糸状菌において、エキソサイトーシスは菌糸先端で起こることにより先端生長に必要な物質を輸送していることが知られていた。

これに対して我々は、菌糸先端細胞以外の基部の細胞でも、様々なタンパク質がエキソサイトーシスにより細胞膜へと輸送される必要があるのではないかと考えた。この可能性を検証するため、麹菌 Aspergillus oryzae においてエキソサイトーシスにより細胞膜の外へ輸送されることが知られているα-アミラーゼを蛍光標識して観察を行った。蛍光標識されたタンパク質の動きを見る FRAP (Fluorescence Recovery After Photobleaching) 解析(注1)を行ったところ、α-アミラーゼは菌糸先端に加え、細胞間の仕切りとして働く隔壁にも輸送されていることが分かった。また、分泌小胞に局在するタンパク質 AoSnc1 の局在解析から、分泌小胞と細胞膜の融合が菌糸先端のみでなく隔壁においても起こっていることを発見した。さらに、栄養分を細胞内に取り込む働きを持つ細胞膜上のトランスポータータンパク質は、菌糸先端へはほとんど輸送されず、主に隔壁へ運ばれることを見いだした。

これらのことから、糸状菌においてエキソサイトーシスは、菌糸先端だけでなく隔壁においても起こっていることが分かった。多細胞生物である糸状菌において、増殖は菌糸先端細胞で起こるが、それ以外の基部の細胞の役割はほとんど研究されていなかった。今回の結果から、基部の菌糸も様々なタンパク質を細胞表層に提示することで、それぞれの役割を果たしていることが示唆された。特に細胞膜上のトランスポータータンパク質の結果は、栄養分の取り込みが菌糸先端部位よりは基部で起こることを示唆している。このような基部細胞の働きが、増殖を行う先端細胞の働きをサポートしていると考えられる。

以上、麹菌により得られた本研究成果は糸状菌における細胞生物学上重要な発見であるが、アミラーゼなどの酵素の分泌が菌糸先端のみならず、隔壁からも分泌されることを明らかにしたものであり、麹菌による酵素生産という応用的観点からも興味深い発見と考えられる。

なお、糸状菌細胞生物学においてのインパクトの高い本研究成果について、本論文を紹介したエジンバラ大学 N. Read 教授によるミニレビュー、「Exocytosis and growth do not occur only at hyphal tips(エキソサイトーシスと生長は菌糸先端部位でのみ起こるのではない)」が Molecular Microbiology 誌(発表雑誌)に掲載されている。

本研究は文部科学省の科学研究費補助金により行なわれた。

発表雑誌

モルキュラーマイクロバイオロジー(Molecular Microbiology (2011) May 12)誌
“Septum-directed secretion in the filamentous fungus Aspergillus oryzae
Yugo Hayakawa, Eri Ishikawa, Jun-ya Shoji, Hiroyuki Nakano, Katsuhiko Kitamoto
Mol Microbiol. 2011

問い合わせ先

北本 勝ひこ
東京大学農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授
Tel.: 03-5841-5161, Fax: 03-5841-8033
E-mail: akitamo@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
ホームページ http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/Lab_Microbiology/

用語解説

(注1) FRAP (Fluorescence Recovery After Photobleaching) 解析:
蛍光標識したタンパク質を発現する細胞内の限定された領域に強い励起光を照射することで、その領域内の蛍光分子をすべて褪色させた後、褪色領域外からインタクトな(褪色していない)蛍光分子が移動することによって生じる蛍光を観察することにより目的タンパク質の挙動を調べる解析法。