発表者
佐藤 幸治 (東京大学生産技術研究所 特任講師、
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任助教(当時))
田中 佳奈 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 学術支援研究員(当時))
東原 和成 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表概要

動物は、甘味、苦味、酸味、塩味、うまみなどの化学シグナルを、味細胞から高次脳中枢へシグナル伝達することで、食物の味を感じています。今回、私たちは、昆虫の味覚受容体遺伝子群(注1)のなかから、蜂蜜や果物に多く含まれる果糖(フルクトース)の受容体を初めて発見しました。また、その受容体は果糖によって開くイオンチャネル(注2)であることを見出しました。これにより、昆虫は、味物質という化学シグナルを直接電気信号に変換するセンサーを使って、果糖を感知していることが明らかになりました。

発表内容

アコヤガイの作る真珠と真珠層

図 BmGr-9の果糖に対する電流応答とそのシグナル変換メカニズムの模式図
上図:BmGr-9のcRNAを注入したアフリカツメガエル卵母細胞に、様々な糖を投与し、電位固定法で電流記録した。細胞内 -60 mV 電位固定下、果糖に対してのみ、内向き電流が記録された。下図:BmGr-9の機能の模式図。果糖と結合すると、ナトリウム、カリウム、カルシウムなどを透過するカチオン非選択型イオンチャネルとして機能する。

食品の味は、口の内部に分布する様々な味細胞を介して知覚されます。これらの細胞には味覚受容体が分布しており、味物質と受容体が結合すると電気信号が発生し、そのシグナルが脳へと伝わることで味を感じます。私たち人間を含めた脊椎動物では、これまでに甘味、苦味、酸味、塩味、うまみの基本五味を感知する味覚受容体が見つかっており、味物質という化学シグナルがどのように電気信号へ変換されるのか、その全容はほぼ明らかにされています。一方で脊椎動物以外では、味を感じる仕組みはほとんど明らかにされていませんでした。近年、私たちの研究グループでは昆虫が匂いを感じる器官である触角に、匂い物質と結合すると細胞内にナトリウムやカルシウムを流入させる機能を持つイオンチャネル型の匂い受容体が存在することを明らかにしています(Sato et al., Nature (2008))。今回、私たちは、蜂蜜や果物に多く含まれる果糖(フルクトース)で活性化される味覚受容体を、カイコとショウジョウバエより発見し、この受容体が匂い受容体と同様に、イオンチャネルの機能を持つことを明らかにしました。

カイコの遺伝子データベースを利用してカイコの味細胞が分布する口から、幾つかの味覚受容体遺伝子候補を取り出しました。これらの遺伝子を一つずつ、アフリカツメガエルの卵母細胞(注3)に注入し、様々な味物質で刺激し、味を感じる神経細胞と同様に電気的な反応が生じるか測定しました。その結果、BmGr-9(Bombyx mori gustatory receptor-9)と名付けられた受容体が果糖に応答することを見出しました。ショウジョウバエがもつBmGr-9類似遺伝子も調べたところ、同様に果糖に対する味覚受容体であることがわかりました。この結果は、様々な昆虫に存在するBmGr-9の類似遺伝子が果糖に対する味覚受容体をコードしていることを示唆しています。次にBmGr-9が果糖という化学物質の信号をどのように電気信号へ変換しているのか、検討しました。そこで哺乳類の培養細胞にBmGr-9を導入すると、その細胞膜上には果糖で活性化されるイオンチャネルが合成されていることがわかりました。つまりBmGr-9そのものが、果糖で活性化されて開くイオンチャネルであることが明らかとなりました。また果糖と同じ分子式を持つブドウ糖などの他の糖類のいくつかは、BmGr-9と果糖の結合を阻害する作用を持つことも明らかになりました。

本研究で、昆虫が味を感じるメカニズムの一つとして、味物質で直接活性化されるイオンチャネルが化学シグナルを直接電気信号に変換していることが明らかになりました。昆虫が味シグナルを電気信号に変換する機構はこれまで全くわかっておらず、本研究により初めてその一端が明らかとなりました。特にこれまで昆虫では、味細胞内でGタンパク質を経由するなど様々な化学反応を経て電気信号へ変換される、と考えられていたので、果糖で活性化されるイオンチャネルの発見は定説を覆す驚くべき発見といえます。

果糖はブドウ糖や蔗糖とともに昆虫の摂食を促進する甘味物質です。また、BmGr-9は腸にも発現しており、消化器末梢系における栄養代謝状況をモニターしている可能性もあります。つまり、本発見が、昆虫の摂食行動を調節する神経機構を解明する糸口にもなると期待されます。

また、清涼飲料などに多く含まれる果糖は、ブドウ糖よりも糖化タンパク質として結合しやすく、またインスリンやレプチン抵抗性を引き起こしやすいため、糖尿病合併症や内臓肥満を招く有力な原因の一つとして、近年、注目を集めている糖です。2010年には厚生労働省よりその過剰摂取への警告も出されました。BmGr-9は果糖のシグナルを高精度に電気信号に変換できるので、今後、尿や血液中の果糖の簡便な計測など糖尿病リスク評価への応用が期待されます。

本研究は、科学研究費補助金(特定領域研究細胞感覚、若手A)からの研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences (米国科学アカデミー紀要)
著者: Koji Sato, Kana Tanaka and Kazushige Touhara
題名: Sugar-regulated cation channel formed by an insect gustatory receptor
掲載日: 2011年6月27日 PNAS Early Edition

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
教授 東原 和成 (トウハラ カズシゲ)
Tel: 03-5841-5109、Fax: 03-5841-8024
E-mail: ktouhara@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
Web: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/

用語解説

注1 味覚受容体
味物質と結合し、そのシグナルを細胞内に伝達する機能を持つタンパク質。昆虫では様々な種で、それぞれ100個弱の遺伝子ファミリーを形成しており、まとめて味覚受容体遺伝子群と呼ぶ。

注2 イオンチャネル
細胞膜に存在する、受動的にイオンを拡散させる機能を持つタンパク質の総称。どのような刺激で活性化するのか、どのようなイオンを透過するのか、どのような電気的特性を持つのか、によって機能的に分類される。細胞内外では様々なイオンの濃度勾配が形成されているので、イオンチャネルが活性化することによって細胞に電気信号が生じる。

注3 アフリカツメガエル卵母細胞
一般に、卵母細胞は細胞内に注入されたRNAからタンパク質を合成する能力に優れている。特にアフリカツメガエルの卵母細胞は、直径が1 mm以上あり、取り扱いに優れているので、遺伝子の機能を調べる際に頻繁に用いられる。様々な膜受容体の機能発現によく使われる。