甘酒は、麹菌がつくるビタミン類を豊富に含んだ日本伝統の栄養ドリンクです。しかし、麹菌がビタミン類を生合成するメカニズムは不明でした。我々は、麹菌のペルオキシソームという細胞小器官が、ビタミンの一種であるビオチンの生合成に関与することを、世界で初めて突き止めました。
麹菌(図1)は、古くから日本酒・味噌・醤油などの醸造に用いられてきたことで、日本人の味覚を潤してきました。また、甘酒は麹菌がつくるビタミン(注1)を豊富に含み、栄養ドリンクとして日本人の滋養強壮を支えてきました。しかし、麹菌がビタミンを生合成するメカニズムの知見は、これまでほとんどありませんでした。
我々は、麹菌におけるペルオキシソーム(注2)という細胞小器官(注3)の役割について解析するため、その機能を欠損した株を作製したところ、栄養を最小限にした条件下では、これらの株が生育できないことがわかりました。その原因を追究した結果、ビタミンの一種であるビオチン(注4)の添加により生育が回復することを発見しました(図2)。
我々は、ビオチン生合成経路の酵素がペルオキシソームで機能しているのではないかと予想して、それらの細胞内の局在解析を行いました。その結果、BioFというビオチン生合成経路の酵素のひとつが、ペルオキシソームに輸送されることを明らかにしました。そして、BioFがペルオキシソームに輸送されて機能することが、ビオチンの生合成に必要であることを証明しました(図3)。
以上の結果から、ペルオキシソームがビオチン生合成に関与することを、世界で初めて明らかにしました。真核生物(注5)ではほかに植物でビオチンが生合成されますが、我々はここでもペルオキシソームの関与を示唆するデータを得ました。したがって、本研究は、いまだ全貌が明らかになっていない真核生物のビオチン生合成経路の解明に道を開くものであり、生物学の教科書に記載されるレベルの基本かつ重要な発見です。
また、本発見は日本の伝統に根ざした醸造食品の機能性を再認識させるものとして重要です。そして、麹菌や植物に共通して、ペルオキシソームの形成や代謝を操作し、ビオチン生産を増強する新しい育種法の可能性を示しました。これをもとに、栄養価をさらに高めた機能性食品の開発につながることが期待されます。
なお、本研究は文部科学省の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
図2 ビオチンの添加によりペルオキシソーム機能欠損株の生育が回復する (拡大画像↗) | 図3 本研究で明らかになったビオチン生合成のメカニズム (拡大画像↗) |
微量であるが生物の生存・生育に必要な必須栄養素。動物ではそのほとんどを合成することができず、主に食料から摂取する必要があります。
ビタミンとして初めて認められた物質は、オリザニン(ビタミンB1)です。日本農芸化学会の創設者で初代会長の鈴木梅太郎(東京帝国大学名誉教授)は1910年、脚気予防の有効成分として、米の糠からオリザニンを抽出、動物に必須の栄養素であることを証明しました。
注2 ペルオキシソーム:真核生物の細胞内に存在する細胞小器官のひとつ。様々な物質の酸化反応に関与し、その代表的なものが脂肪酸のβ酸化です。
ヒトでその機能が欠損すると、ペルオキシソーム病と呼ばれる病気を引き起こします。植物では光呼吸やホルモン生合成に関与し、その機能・形成が異常になると胚発生致死となることが報告されています。
以前、我々は麹菌でペルオキシソームが、糸状菌特異的に存在する細胞小器官Woronin body(損傷した細胞を修復する機能をもつ)の形成に必要であることを明らかにしました。
注3 細胞小器官:真核生物の細胞内に存在し、分化した形態や機能をもつ構造体です。生体膜により区画された細胞小器官において、多種多様な生化学反応が並行して行われることで、高度で複雑な細胞活動が可能になります。ペルオキシソームのほかには、核、小胞体、リソソーム(液胞)、ゴルジ体、ミトコンドリアなどがあります。
注4 ビオチン:ビタミンの一種で、ビタミンB7とも呼ばれます。補酵素としてカルボキシル基転移反応に関与することで、脂肪酸合成、糖新生、アミノ酸代謝で重要な役割を果たします。細菌、植物、一部の菌類が生合成することができますが、動物では腸内細菌から供給されるため、通常の食生活では欠乏しません。しかし、抗生物質の服用や生卵白の大量摂取により欠乏する場合があり、その際には脱毛や皮膚炎などの症状を誘発します。
卵白に含まれるアビジンというタンパク質と結合する性質をもとに、分子生物学実験や臨床検査で広く利用されています。
注5 真核生物核膜によって包まれた核構造を細胞内にもつ生物のことをいいます。動物、植物、菌類などが含まれます。