発表者
姫野未紗子 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程3年)
難波 成任 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

植物病原細菌である「ファイトプラズマ」(注1)は、イネや野菜、果樹、樹木類に感染し、枯らせたり黄化・萎縮させたりして農業生産上大きな被害をもたらします。また、花卉(かき)や樹木などの植物に感染し、がくや花びらなどの花器官(注2)を葉に変化させるユニークな特徴を持っています。これは、媒介昆虫であるセミの仲間のヨコバイが緑色に引きつけられることや、花を咲かせて枯れないよう若返りの効果を狙って進化してきたと考えられています。本研究では、花が形成される際にはたらく植物宿主側の遺伝子に着目し、ファイトプラズマが、それら遺伝子の発現を巧みに制御することによって花を葉に変化させることを明らかにしました。

発表内容

1 背景

植物病原体は植物に感染して、様々な病徴を引き起こし、農作物の収量や品質に大きな影響を及ぼします。ファイトプラズマに感染した植物は様々な病徴を示しますが、特に花器官において、花が葉になる「葉化」や、花から若芽が出現する「つき抜け」などのユニークな病徴を引き起こすことが知られています。アジサイでは、がく(花びらのように見える部分)が葉のように変化する品種が珍重され市場に出回っていましたが、実はファイトプラズマによるものであることが近年明らかになっています。このように葉化やつき抜けなどの病徴は、一見魅力的で関心が高いものの、そのメカニズムはこれまで明らかにされていませんでした。

2 成果

図 ファイトプラズマ感染により花器官形成遺伝子群の一部がノックダウン(低下)し葉に変化してしまう健全なペチュニアにおいて各花器官形成に関与する遺伝子群(左図)。ファイトプラズマ感染によって一部遺伝子の発現量が大きく低下し(グレーで示した遺伝子)(右図)、花びら・がく・雌しべが葉に変化する。ファイトプラズマは花器官ごとに複雑な発現制御を行って異なる遺伝子を操り、花を葉に変化させる。 (拡大画像↗

被子植物の花は一般に、がく、花びら、雄しべ、雌しべの4つの独立した花器官からなります。植物細胞がどの花器官になるかは、5つの遺伝子(A、B、C、D、E遺伝子(注3))の組み合わせで決まると考えられています。例えば、AとEの遺伝子が同時に発現するとがくが形成され、A、B、Eの遺伝子が発現すると花びらが形成されます。

今回我々は、花器官の形成に関与する遺伝子がよく研究されているペチュニアを用いて実験しました。まず、ペチュニアにファイトプラズマを感染させると、がく、花びら、雌しべが葉のような形態に変化しました。このペチュニアのA、B、C、D、E遺伝子の発現量を花器官ごとに詳細に調べたところ、葉化症状が見られた各花器官では、その器官の形成に関与する遺伝子の一部が有意に減少していることが判明しました(図)。例えば、葉化の見られたがくでは、がくの形成に必要とされるA、E遺伝子のうち、A遺伝子の発現が抑制されていました。一方、同じく葉化の見られた花びらでは、花びらの形成に必要とされるA、B、E遺伝子のうち、A遺伝子ではなくB遺伝子の発現が抑制されていました。

本研究により、ファイトプラズマが花の形成に関わる遺伝子発現を操作することによって、花が葉に変化することが示されました。特に、ファイトプラズマは花器官ごとに操る遺伝子が異なるという複雑な発現制御を行っていることが明らかになりました。

3 本研究の意義・考えられる波及効果

今回、花が葉に変わる病徴を引き起こすメカニズムの一端を明らかにしましたが、これは分子レベルで葉化症状の原因を説明づけた世界で初めての知見です。

本研究により、ファイトプラズマの感染によって増減するABCDE遺伝子の発現パターンは複雑であり、人工的な遺伝子欠損や過剰発現とは全く異なる制御が働いていることが判明しました。この複雑な制御は、ファイトプラズマが引き起こす、珍しく、鑑賞価値の高い病徴と関連していると考えられます。本研究で得られた知見を園芸品種の育成に応用することによって、病原体フリーの全く新しい珍品種が開発されることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名: The Plant Journal (2011) 67, 971-979
掲載日: 2011年9月15日
タイトル: Unique morphological changes in plant pathogenic phytoplasma-infected petunia flowers are related to transcriptional regulation of floral homeotic genes in an organ-specific manner.
(オンライン版 doi: 10.1111/j.1365-313X.2011.04650.x)
著者名: 姫野未紗子・難波成任 ほか

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
植物病理学研究室
教授 難波成任
Tel: 03-5841-5053
Fax: 03-5841-5054
E-mail: anamba@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
HP: http://papilio.ab.a.u-tokyo.ac.jp/planpath/

用語解説

(注1) ファイトプラズマ

1967年にマイコプラズマ様微生物(mycoplasma-like organism, MLO)として世界に先駆けてわが国で発見された植物病原細菌。ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと伝搬され、植物では篩部に寄生する。感染した植物は黄化、萎縮、叢生症状、天狗巣症状 を呈するほか、花の葉化・緑化など、特徴的な病徴を引き起こす。日常、我々の身近に頻繁に見られる病気であり、緑色の花が咲くアジサイや小さなポット植えのポインセチア(枝分れが豊富で、矮性化するタイプ)では商品価値が認められ、品種登録されていた例がある。

黄化: 養分欠乏のような葉の黄化症状
萎縮: 茎や葉の生長が害され、著しく萎縮・矮性となる症状
叢生: 側枝が異常に出現する症状
天狗巣: 側芽が異常に発達し、小枝が密生する症状
花の葉化: 花びらやがく・雌しべ・雄しべが葉に置き換わってしまうこと
花の緑化: 花びらなどが緑色を帯びること
つき抜け: 花の中央から葉を付けた枝が生長する症状
(注2) 花器官

花を構成する、形態的に独立した構造体。典型的な被子植物の花は、萼片(がく)、花弁(花びら)、雄しべ、雌しべ(心皮と胚珠を含む)の4つの花器官から構成される。各花器官は葉が変形したものと考えられているため、花葉と呼ばれる。

(注3) A、B、C、D、E遺伝子

花器官の形成を制御する遺伝子の集団。どの花器官ががくになるか、花びらになるかは、これら遺伝子の組み合わせによって決まる。すなわち、A、E遺伝子が同時に一定量発現すると萼片(がく)が形成され、A、B、E遺伝子で花弁(花びら)、B、C、E遺伝子で雄しべ、C、E、D遺伝子で雌しべ(心皮と胚珠)が形成される。これらの遺伝子がはたらかなくなった「変異体」では、がくが雌しべになったり花びらががくになったりすることが知られている。一般に見られる「八重咲き」の花は雄しべや雌しべが花びらに転換したもので、こうした遺伝子の変異が育種的に固定してできたものと考えられている。