発表者
古泉 文子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程;当時)
土屋 麻美 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程;当時)
中島 健一朗 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教;当時)
伊藤 圭祐 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員;当時)
寺田 透 (東京大学大学院農学生命科学研究科 アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット 特任准教授)
清水(井深) 章子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員;当時)
Loïc Briand (ブルゴーニュ大学)
朝倉 富子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授)
三坂 巧 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
阿部 啓子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任教授)

発表概要

ミラクルフルーツの果実に含まれるミラクリンというタンパク質を舌になじませると、酸っぱいものを甘く感じてしまう。ミラクリンは、産業上、いま世界的に関心を呼ぶ不思議なタンパク質である。この不思議な現象は、ヒト甘味受容体に結合したミラクリンが、酸性になるとこの受容体を活性化することによるものであることを解明した。

発表内容

ミラクルフルーツの果実

図1 ミラクルフルーツの果実 (拡大画像↗

ミラクリンのヒト甘味受容体への作用モデル

図2 ミラクリンのヒト甘味受容体への作用モデル (拡大画像↗
A: pHが酸性になると、ミラクリンはヒト甘味受容体を繰り返し活性化する。
B: 不活性型ミラクリンが結合すると、他の甘味物質に対する応答を阻害する。

西アフリカ原産のミラクルフルーツという植物の果実(図1)には、ミラクリンという味覚修飾タンパク質(注1)が含まれる。ミラクリン自体は無味だが、これを舌になじませた後に酢酸やクエン酸といった酸味を呈するものを味わうと、驚くほど甘く感じる。酸っぱいレモンが、あたかも甘いオレンジであるかのように感じられるので、ミラクリンが「酸味を甘味に変換している」ように思える。この不思議な効果は1時間以上も持続し、酸っぱいものを口に入れるたびに、何度でも甘く感じてしまう。だからこそ、昔の人はミラクルに因んでミラクリンという名前を付けたのである。

ミラクリンの不思議を解明するため、我々はヒト甘味受容体(注2)を発現させた培養細胞を用いてpHを変化させたときの甘味強度の測定を行った。まず、ヒト甘味受容体を発現させた細胞にミラクリンを投与した後に、酸性溶液で刺激を行ったところ、細胞応答が観察された(図2A)。酸性溶液投与による細胞応答は、pHが下がるにしたがって強くなった。また繰り返しの酸刺激においても観察された。ヒト甘味受容体を発現していない場合にはこのような現象は見られなかったので、ミラクリンがヒト甘味受容体を酸性になると活性化することが分かった。この時使用したミラクリンの濃度は100 nM(1リットル当たり約0.004 g)以下という非常に低い濃度であり、これまで知られているヒト甘味受容体を活性化する甘味物質の中で、最も低い濃度で作用する物質であった。

一方、あらかじめ中性条件下でミラクリンを投与したヒト甘味受容体に、他の甘味物質を投与したところ、投与した甘味物質の活性を強力に阻害することも判明した(図2B)。このことは、ヒト甘味受容体分子の細胞外に露出している領域にミラクリンが結合し、これによってヒト甘味受容体が活性制御されることを示唆する。

以上より、ミラクリンが酸味を甘味に変換する現象は、ヒト甘味受容体に結合したミラクリンが、酸性条件下でヒト甘味受容体を活性化することによることを明らかにし、酸っぱいものを甘くするミラクリンの不思議が解明できたといえる。ミラクリンの示す甘味は、上品で非常に心地よい甘味として感じられる。カロリーのないものを甘く感じるということは、生活習慣病に悩む現代人への福音ともなりうるので、味覚修飾タンパク質は、産業的にも非常に注目されている。

なお本研究は、科学研究費補助金(特別研究員奨励費、研究活動スタート支援、基盤研究(B)、若手研究(A)、挑戦的萌芽研究)、最先端・次世代研究開発支援プログラム、生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業からの研究費を受けて行われた。

発表雑誌

雑誌名: 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル: Human sweet taste receptor mediates acid-induced sweetness of miraculin
著者: Ayako Koizumi, Asami Tsuchiya, Ken-ichiro Nakajima, Keisuke Ito, Tohru Terada, Akiko Shimizu-Ibuka, Loïc Briand, Tomiko Asakura, Takumi Misaka, and Keiko Abe
掲載日: 2011年9月26日 PNAS Early Edition(オンライン版)
doi:10.1073/pnas.1016644108

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 
応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
准教授 三坂 巧
TEL: 03-5841-8100
FAX: 03-5841-8118
E-mail: amisaka@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)味覚修飾タンパク質:

味覚修飾タンパク質を摂取した後に、酢酸やクエン酸といった酸味を呈するものを口にすると非常に甘く感じる。これを味覚修飾活性と呼ぶ。この活性を持つものとして、熱帯植物の果実中に含まれるミラクリン、ネオクリンの2種のタンパク質の存在が知られている。

(注2)ヒト甘味受容体:

T1R2とT1R3という2種のタンパク質から構成される受容体で、舌上皮に存在する味細胞に発現している。ヒトは1種類の甘味受容体(T1R2-T1R3)しか持っておらず、このたった1つの受容体で多種類の甘味物質を感知している。