発表者
小島渉  (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程、日本学術振興会特別研究員)
高梨琢磨 (独立行政法人森林総合研究所 主任研究員)
石川幸男 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

私たちは、地中に生活しているカブトムシの蛹と幼虫の間で振動を介したコミュニケーションが行われていることを発見しました。カブトムシの幼虫は、地中に蛹室という部屋をつくり、その中で蛹になります。しかし、蛹室はもろく、まわりの幼虫に壊されるおそれがあります。室内実験の工夫により、蛹は幼虫が蛹室に近づくと背面を蛹室の壁に打ちつけて振動を発すること、この振動は幼虫に回避行動をとらせることがわかりました。蛹は、「蛹室に近づくな」という振動シグナルをまわりの幼虫に送ることで、蛹室が壊されることを防いでいると考えられます。本研究は、独立行政法人森林総合研究所との共同研究として行われました。

発表内容

図

図A) 蛹室内の蛹は、幼虫が近づくと振動を発します。その振動を感知した幼虫は、蛹室を避けます。
図B) 蛹が背面を蛹室の壁に打ちつけるときに、規則的な振動のパルス(矢頭)が発生します。
図C) 空の蛹室の近くで蛹の振動を再生すると、ノイズを再生したときに比べ、蛹室を壊した幼虫の割合が大きく低下しました。
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昆虫の蛹はおとなしく不活発だと思われがちですが、一部の昆虫の蛹は活発に動き、音や振動を発することが知られています。しかし、それらの音や振動がどのような機能をもつのかは、ほとんどわかっていませんでした。私たちは、カブトムシの蛹が振動を発することで、近づいてきた幼虫を遠ざけて身をまもることを発見しました。

カブトムシの幼虫は、腐葉土中に群れを作って生活しています。幼虫は、初夏になると蛹室とよばれる部屋を地中に作り、その中で蛹になります。蛹室は滑らかな卵型をしており、その壁は糞と腐葉土の混合物でできています。蛹室の壁はもろく、わずかな衝撃でも簡単に崩れてしまいます。野外において地中の蛹室と幼虫の分布を調べたところ、両者は平均約6cmという近距離にみられました。このような状況下では、蛹室は周りの幼虫に壊されてしまうおそれがあります。そこで、蛹は幼虫に対し何らかの防御策をとっている可能性があります。

カブトムシの蛹が発する振動の効果を調べるため、プラスチック容器内に蛹(蛹室)と幼虫が両方いる状況を再現して観察を行いました。すると、生きた蛹の入った蛹室は幼虫に壊されることがなかったのに対し、死んだ蛹の入った蛹室は高い確率で幼虫に壊されました。また、蛹室内の蛹は、外部から刺激を受けると、腹部を回転させることにより背面を蛹室の壁に打ちつけ、振動を起こすことがわかりました(図A・B)。蛹室内の蛹は、幼虫が近くにいると、より頻繁に振動を発しました。さらに、空の蛹室のそばで蛹の振動を再生すると、蛹室が壊されることはほとんどありませんでした(図C)。これらの結果から、蛹室に近づいてくる幼虫に対し、蛹は振動シグナルを送ることで幼虫に回避行動をとらせ、蛹室が壊されることを防いでいると考えられます。

さまざまな昆虫の蛹で、腹部の回転運動そのものにより外敵を追い払うことが知られています。カブトムシの振動シグナルは、回転運動によって振動が生じやすくなるよう特殊化することで進化してきたと考えられます。また、多くの昆虫は、外敵などの発する振動を感知し、回避行動を示すことが知られています。カブトムシの蛹は、幼虫が「嫌がる」振動を巧みに利用することで、身をまもることができるようになったと考えられます。

カブトムシは、日本人にとってなじみの深い昆虫であるにもかかわらず、蛹と幼虫がコミュニケーションを行うことはこれまで知られていませんでした。本研究を発端に、さまざまな昆虫の蛹が発する振動や音の機能が明らかにされると期待されます。

発表雑誌

雑誌名: Behavioral Ecology and Sociobiology(行動生態学・社会生物学)
著者: Wataru Kojima, Takuma Takanashi, Yukio Ishikawa
題名: Vibratory communication in the soil: pupal signals deter larval intrusion in a group-living beetle Trypoxylus dichotoma(振動による地中のコミュニケーション:集団生活をおこなうカブトムシにおいて、蛹の振動は幼虫の侵入を防ぐ)
掲載日: 2011年10月4日(オンライン版)
http://dx.doi.org/10.1007/s00265-011-1264-5

問い合わせ先

小島渉
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 応用昆虫学研究室 博士課程
Tel: 03-5841-5060/ Fax: 03-5841-5061/ E-mail: aa107001@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

高梨琢磨
独立行政法人森林総合研究所 森林昆虫研究領域 主任研究員
Tel: 029-829-8254 / Fax: 029-873-1543 / E-mail: takanasi@affrc.go.jp