発表者
坂本 卓也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員(当時);現東京理科大学理工学部応用生物科学科 研究員)
乾(辻本)弥生 (東京大学大学院農学生命科学研究科 研究員)
浦口 晋平 (日本学術振興会特別研究員PD)
吉積 毅 ((独)理化学研究所植物科学研究センター 研究員)
松永 幸大 (東京理科大学理工学部応用生物科学科 准教授)
松井 南 ((独)理化学研究所植物科学研究センター グループリーダー)
梅田 正明 (奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 教授)
福井 希一 (大阪大学大学院工学研究科 教授)
藤原 徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表概要

ホウ素(元素記号B)は植物の必須栄養素ですが、土壌中に過剰に存在すると毒性を示し植物の生育を阻害します。実際に、世界には土壌に含まれる過剰なホウ素によって農業生産量が低下している地域があります。しかしながら、ホウ素過剰ストレスの分子機構は分かっていませんでした。本研究では、ホウ素過剰ストレスに非常に弱いシロイヌナズナの変異株(図1)を用いて、ホウ素過剰ストレスがDNA損傷(注1)を引き起こすこと、そしてコンデンシン(注2)IIと呼ばれるタンパク質複合体がDNA損傷を緩和し、ホウ素過剰ストレスの軽減することを初めて明らかにしました。

発表内容

コンデンシンII変異株のホウ素過剰ストレス感受性

図1 コンデンシンII変異株のホウ素過剰ストレス感受性 (拡大画像↗
野生型株(Col-0)とコンデンシンII変異株(heb1-1およびheb2-1)を通常濃度のホウ素を含む培地(上)と高濃度のホウ素を含む培地(下)で2週間育てて生育を観察した。コンデンシンII変異株は根の長さは、通常培地においても野生型株より短いが、高濃度ホウ素培地では著しく短くなる(A)。培地中のホウ素濃度が1mMを超えるとコンデンシンII変異株はホウ素ストレスに対して感受性を示す(B)。

植物の根におけるホウ素過剰ストレスの分子機構

図2 植物の根におけるホウ素過剰ストレスの分子機構 (拡大画像↗
ホウ素過剰が引き起こすDNA損傷が根の生育阻害の大きな要因である。コンデンシンIIはDNA損傷を軽減させる作用があり、植物がホウ素過剰ストレスに耐えるために欠くことのできない因子である。

私たちはこれまでに、ホウ素過剰ストレスの分子機構の解明を目的に、モデル植物であるシロイヌナズナに化学変異処理をし、ホウ素過剰ストレスで根の生育が著しく阻害されるhigh-sensitivity to excess boron (heb)変異株を7株単離しました。heb変異株は根でのホウ素過剰ストレスの軽減に必要な遺伝子の機能を損なっていると考えられます。

本研究では、heb1およびheb2がそれぞれコンデンシンIIと呼ばれるタンパク質複合体の異なる構成因子をコードする遺伝子に変異があることを発見しました。heb1およびheb2ではコンデンシンIIの機能を欠損していると予測されます。コンデンシンIIは動物においてよく研究されており、細胞分裂の際の染色体凝集や乖離に重要な役割を持つことが知られています。くわえて、近年ではDNA損傷の修復に関わることも示されています。heb1およびheb2は、野生型株と比べると、DNA損傷を起こす試薬によって根の著しい生育阻害を示すことに加え、通常の栽培条件でもDNAが多く損傷していることが分かりました。このことは植物のコンデンシンIIにもDNA損傷修復あるいはDNA損傷を防ぐ機能があることを示唆しています。そこでホウ素過剰ストレスがDNA損傷を引き起こすか調べたとところ、野生型株でもheb1およびheb2でもホウ素過剰ストレスによってDNA損傷が増えることが分かりました。さらにホウ素過剰ストレスによるDNA損傷の程度は野生型株と比較してheb1およびheb2でより大きいことが分かりました。これらのことから、コンデンシンIIによるDNA損傷の緩和作用が植物の根におけるホウ素過剰ストレスの軽減に必要であることが明らかになりました(図2)。

コンデンシンIIは私たちヒトを含む動物でも広く保存されています。過剰なホウ素は植物のみならず微生物、昆虫、哺乳類など生物一般に広く毒性です。本研究の成果は、ホウ素が何故毒となるのかを解明するうえで、植物以外の生物種においても大きなヒントとなると期待されます。

発表雑誌

Takuya Sakamoto et al., Condensin II Alleviates DNA Damage and Is Essential for Tolerance of Boron Overload Stress in Arabidopsis. The Plant Cell, Vol. 23: 3533–3546.
10.1105/tpc.111.086314
http://www.plantcell.org/content/23/9/3533.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室 教授 藤原 徹
Tel: 03-5841-5104
Fax: 03-5841-8032

用語解説

(注1)DNA損傷

DNAが細胞活動によって発生する活性酸素や紫外線、放射線、ある種の化学物質などの外的要因によって、塩基置換やDNA鎖切断が起こる現象。

(注2)コンデンシン

5つのタンパク質からなる複合体。多くの動植物にはIとIIの2つのコンデンシンがある。細胞周期の分裂期において染色体上に局在し、染色体の正しい分配を担う。この機能の他に動物や酵母では、細胞周期の間期においてDNA損傷の修復に関与することも報告されている。