植物に多く含まれるタンパク質の一種「レクチン」は、ヒトや動物の免疫活性化や癌細胞増殖抑制の働きがあることで知られていますが、植物自身における役割はわかっていませんでした。今回、私達はジャガイモやトマトなど重要作物に大きな被害を与える数多くの植物ウイルスに対する強力な抵抗性遺伝子「JAX1」を発見しました。この遺伝子が無いため抵抗性を持たない植物に発現させたところ、ジャガイモやトマトなど農作物や花卉に感染し世界的に甚大な被害を与えているジャガイモXウイルスなど、農業上重要な40種類以上のウイルスからなる植物ウイルスグループ「ポテックスウイルスグループ」のウイルスに対して強力な広域抵抗性を示すことを確認しました。「JAX1」は高級果実として知られる「ジャックフルーツ」の主要成分であるレクチンの一種「ジャカリン」(注1)に似たタンパク質であることからJAX1と名付けました。今回の成果により、植物におけるレクチンの役割が初めて明らかになりました。私たち人類は作物の栽培化の過程でひたすら品質に着目する余り、この強力な広域抵抗性遺伝子を捨て去ってきたのかも知れません。この遺伝子を、遺伝子組換えだけでなく、交配により導入することにより、耐病性植物を開発出来るほか、ヒトに感染するウイルス特効薬開発につながることも期待されます。
本研究は独立行政法人農研機構生研センターの「イノベーション創出基礎的研究推進事業」による研究費の支援を受け行われました。
植物は病原体による感染から逃れるために様々な抵抗性遺伝子を自身のゲノムに用意していますが、その多くは野生植物が持っています。私達が口にする作物は味や品質が良かったり、収量が高かったり、見た目が良かったりする代わりに病気に弱い欠点があります。私達人間は農耕を始めて以来、病気に強い作物品種を創り出すために、野生植物の持つ抵抗性遺伝子を交配によって導入してきました。現在、私達が日常生活で口にする農作物の中にはウイルスや菌類やバクテリアなどの病原体に対する抵抗性遺伝子を導入した抵抗性品種がいくつかあります。しかし、それらの抵抗性遺伝子はいずれも特定の病原体の特定の系統に対するものです。
レクチンは植物に多く含まれる細胞表面の糖鎖を認識して結合する性質を持ったタンパク質の一群で、19世紀後半に初めて植物から発見されました。その後、動物の免疫系(注2)を活性化したり、癌細胞を特異的に識別し増殖抑制することが明らかにされました。エイズウイルスやヘルペスウイルスなどヒトに感染するウイルスの増殖を阻害することも明らかにされています。しかし、そもそもレクチンは植物で発見され、マメ科植物を中心に植物細胞で多量に蓄積するタンパク質であるにも関わらず、植物におけるはたらきはこれまで分かっていませんでした。
今回、私達は膨大なシロイヌナズナ野生系統の中から、ユリなどに大きな被害を与え問題となっているポテックスウイルスの一種(plantago asiatica mosaic virus, PlAMV)(図1)に強力な抵抗性を示す系統を発見し、その抵抗性遺伝子をシロイヌナズナの1番染色体上に特定することに成功し、JAX1(JACALIN-TYPE LECTIN REQUIRED FOR POTEXVIRUS RESISTANCE1)と名付けました。JAX1はジャックフルーツの主要成分であるジャカリンと似たレクチンの一種です。この遺伝子を持たない非抵抗性の植物にJAX1を発現させたところ、ウイルスが全く感染できなくなりました(図2)。植物プロトプラスト(注3)を用いて調べたところ、JAX1がウイルス複製の時点で阻害し抵抗性を示すことを発見しました(図3)。このことから、JAX1はウイルス感染の初期段階で増殖を抑制する結果、強力な抵抗性を示すことが分かりました。
植物の防御応答機構は①特定の病原体に対してのみ抵抗性を発揮する「真正抵抗性」と、②幅広い病原体に対して抵抗性を示す「圃場抵抗性」に大別されますが(注4)、JAX1による抵抗性は真正抵抗性ではありませんでした。植物ウイルスに対する圃場抵抗性はこれまで明らかにされていませんが、真核生物において幅広く保存されるウイルス抵抗性反応であるRNAサイレンシング(注5)がその役割を果たすと考えられています。しかし、JAX1による抵抗性はRNAサイレンシングとも異なることから、JAX1によるウイルス抵抗性はこれまでにない新たな抵抗性であると考えられたため、私達はこれを「レクチン抵抗性」と名付けました。
JAX1は、PlAMVだけでなく農業上重要なウイルス40種以上で構成されるポテックスウイルスグループ(注6)の仲間で、ジャガイモやトマトなどに感染するジャガイモXウイルス (PVX)、ソラマメなどマメ類のほかキュウリやトマトに感染するシロクローバモザイクウイルス、アスパラガスに感染するアスパラガスウイルス3など複数のウイルス感染を阻害しました。このことは、一つのJAX1遺伝子で複数の農作物の重要ウイルスに対して感染・増殖を抑える強力な抵抗性を示すことを意味しています。
植物は動物と異なり、完全な免疫システムを持たず、自由に移動も出来ないことから、病原体に対する独自の防御システムを高度に進化させてきたと考えられます。今回発見した新たなタイプの植物ウイルス抵抗性メカニズム「レクチン抵抗性」を示す「レクチン遺伝子」は非常に多くの種類からなるレクチンファミリーを構成しています。このことは、ポテックスウイルスグループ以外にも様々な重要植物ウイルスグループに対して広域抵抗性を示す「レクチン遺伝子」の存在を示唆するものです。また、1種類のレクチンだけで異なる複数の植物ウイルスの複製を阻害する「レクチン抵抗性」の発見は、植物病原菌類や細菌などを含めた病原微生物に対する植物の防御応答機構の全容解明につながる重要な一歩と言えます。
レクチンは細胞表面の糖鎖のほか、細胞壁成分の多糖を認識する性質を持つことから、動物では病原微生物や癌細胞表面の糖鎖を認識して免疫系を活性化させる自己・非自己を識別する防御タンパク質であることが知られています。今回の発見により、動物のみならず植物においてもレクチンがウイルス防御タンパク質として働くことが初めて明らかにされました(図4)。この知見は、免疫システムの進化を解明する上でも重要な手がかりになると期待されます。
ポテックスウイルスグループには、世界中のジャガイモ生産に甚大な被害を与えているPVXのほか、欧米でトマト生産に甚大な被害をもたらし日本への侵入が警戒されているペピーノモザイクウイルス、高級な花卉であるラン(蘭)に感染し商品価値を皆無にするシンビジウムモザイクウイルスなど重要ウイルスが多数あります。JAX1は本来植物由来のタンパク質です。しかし、これまでその機能は分かっていませんでした。今回発見した「レクチン遺伝子」は、これまでにない新たな植物ウイルス抵抗性メカニズム「レクチン抵抗性」を持っています。従って、防除・予防薬剤のないウイルス病に対する抵抗性作物開発への利用により、ウイルス病被害が大幅に軽減されることが期待されます。さらに植物レクチンはヒトに感染するウイルスに効果があることから、ヒト・動物ウイルス特効薬開発への応用も期待されます。
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
教授 難波成任
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