微細緑藻Botryococcus brauniiはボツリオコッセンおよびメチルスクアレンというトリテルペン系炭化水素を大量に生産するため、代替石油資源として期待されています。今回我々はこれらのトリテルペン系炭化水素にメチル基を導入する新奇酵素遺伝子の特定に成功しました。
Botryococcus brauniiは単細胞性の微細緑藻ですが、個々の細胞を「細胞間マトリクス」と呼ばれる自分自身で作るポリマーによりつなぎ止めて群体を形成します(図1)。本藻は乾燥重量の数十パーセントにも及ぶ大量の液状炭化水素を生産・蓄積します。この炭化水素は光合成により環境中の炭酸ガスを固定することで作られるので、燃やしても新たな二酸化炭素を排出しません。そのため再生産可能な代替燃料としての利用が期待されています。また、この炭化水素は細胞内で生成した後、最終的には細胞外に排出され細胞間マトリクス部に蓄積されます。そのため顕微鏡下で観察する際、カバーグラスで群体を圧迫すると、炭化水素がしみ出してくるのが見られます(図1)。一度細胞外に出された炭化水素が細胞内に再び取り込まれ、例えば栄養源として利用されるといった現象は確認されておらず、本藻種が何のためにこれほど大量の炭化水素を生産し、体外に蓄積しているのかは未だ謎です。
本藻種は生産する炭化水素のタイプによりA、BおよびLの3品種に分類され、B品種はボツリオコッセン類およびメチルスクアレン類というトリテルペン(注1)系炭化水素を生産します(図2)。生成直後のこれらの炭化水素分子を構成する炭素数は30(C30)ですが、順次メチル基が導入され、最終的には炭素数34(C34)程度の同族体になって蓄積します。しかし、そのメチル基を導入する酵素に関する情報は皆無でした。今回我々は、「ボツリオコッセンおよびスクアレンにメチル基を入れる酵素は、すでに他生物においてよく知られているC-24ステロールメチル基転移酵素と似ているのではないか?」という仮説を立て、当該遺伝子を探索しました(図2)。その結果、C-24ステロールメチル基転移酵素と似ているタンパク質をコードしている遺伝子をB. brauniiから6種類見つけました。これらの内、トリテルペンメチル基転移酵素(Triterpene Methyltransferase=TMT)-1~3と名付けたタンパク質を、C30ボツリオコッセンあるいはスクアレンを蓄積できる遺伝子組換え酵母の細胞内で発現させたところ、TMT-1あるいはTMT-2を発現させた酵母ではモノメチルおよびジメチルスクアレンが蓄積し(図3)、TMT-3を発現させた酵母ではC31およびC32ボツリオコッセンが蓄積しました(図4)。また、大腸菌で作らせた当該タンパク質の調製液に、メチル基供与体であるS-アデノシルメチオニンとともにスクアレン、またはC30ボツリオコッセンを基質として加えることで、同様の結果を得ることが出来ました。不思議なことにTMT-1〜3のいずれも、スクアレンあるいはC30ボツリオコッセンにメチル基を3つ以上導入することはできませんでした。したがって3つ目以降のメチル基を導入する酵素は、今回見つかった物とは別に存在する可能性があります。
炭素数30のボツリオコッセンもスクアレンも分子内に不飽和結合が多く、枝分かれした構造をしていますので、軽質化を行うことで良質なガソリンに変換することが可能ですが、より多くのメチル基が導入され、更に枝分かれ構造が増えたボツリオコッセンやメチルスクアレンの方が燃料としては魅力的です。したがって今回発見されたメチル基転移酵素は、より質の良い炭化水素系燃料を生産するために利用できる可能性があります。
本研究は科学研究費補助金(基盤研究B)からの研究費を受けて行われました。
東京大学大学院農学生命科学研究科
水圏生物科学専攻 水圏天然物化学研究室
准教授 岡田 茂(オカダ シゲル)
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