発表者
大門高明 ((独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 主任研究員、
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教(当時))
古崎利紀 ((独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 任期付研究員(当時))
丹羽隆介 (筑波大学大学院生命環境科学研究科 助教)
小林 功 ((独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター 主任研究員)
古田賢次郎 ((独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 博士研究員(当時))
並木俊樹 ((独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 博士研究員(当時))
内野恵郎 ((独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター 主任研究員)
伴野 豊 (九州大学大学院農学研究院 准教授)
勝間 進 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
田村俊樹 ((独)農業生物資源研究所 特任上級研究員)
三田和英 ((独)農業生物資源研究所 特任上級研究員)
瀬筒秀樹 ((独)農業生物資源研究所 遺伝子組換え研究センター ユニット長)
中山真義 ((独)農業・食品産業技術総合研究機構 花き研究所 チーム長)
糸山 享 (明治大学農学部 講師)
嶋田 透 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
篠田徹郎 ((独)農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 ユニット長)

発表概要

カイコの幼虫は孵化後に4回の幼虫脱皮(眠=みん)を経て5齢へ成長してから繭を作り、そのなかで蛹へ変態します。「2眠蚕(にみんさん)」(mod)は、未熟な3齢幼虫の段階で繭を作り蛹化してしまう突然変異体です(注1)。本研究は、この変異体では幼若ホルモン(注2)の合成酵素の遺伝子に異常があり、幼若ホルモンをまったく作れないために早熟変態が起きることを明らかにしたものです。なお、本研究は(独)農業生物資源研究所をはじめ複数の研究機関と共同して実施されました。

発表内容

カイコの幼虫は通常、4回脱皮を行なって5齢幼虫となった後、繭を作って蛹へと変態します。ところが、「2眠蚕」(mod)という突然変異遺伝子をホモ接合(注3)で有するカイコは、幼虫脱皮を2回または3回しか行いません。その結果、通常のカイコに比べて極めて小さい成虫(蛾)が羽化します(図1)。本研究はmodの原因遺伝子を特定し、「2眠蚕」が4齢や5齢への幼虫脱皮をしない理由を解明しました。modの原因遺伝子はチトクロームP450(注4)の1種であるCYP15C1をコードしており、幼若ホルモンの生合成に必須の遺伝子でした。

幼若ホルモンは、変態を抑制して幼虫脱皮を続けさせる働きをする昆虫ホルモンです。幼若ホルモンは、頭部に存在するアラタ体という器官において、ファルネシル2リン酸→ファルネセン酸→幼若ホルモン酸→幼若ホルモンという経路を経て合成されます。CYP15C1は、2番目の矢印、すなわちファルネセン酸のエポキシ化を触媒する酵素です。mod変異体ではCYP15C1の機能が失われ、幼若ホルモンを作ることができないため、体が小さいまま蛹や蛾になってしまうことが分かりました。

この成果は、昆虫ホルモンの研究に大きな進歩をもたらすと期待されるだけでなく、蚕糸の改良や害虫の制御などの応用にも貢献できる可能性があります。

本研究は、生研センター基礎研究推進事業、科研費(若手研究(A) ・基盤研究(A)・新学術領域研究)、農水省委託プロジェクト、および文科省ナショナルバイオリソースプロジェクトの支援を受けて実施されました。

詳細情報((独)農業生物資源研究所によるプレスリリース)
http://www.nias.affrc.go.jp/

図1.普通のカイコと「2眠蚕」変異体
(左)通常のカイコの繭と成虫。幼虫が5齢まで成長して変態するため、大きな蛹・成虫になる。
(右)「2眠蚕」変異体の繭と成虫。幼虫が3齢あるいは4齢までしか成長できないため、小さな蛹・成虫になってしまう。体は小さいが、生殖能力は正常である。
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発表雑誌

雑誌名
PLoS Genetics
巻・号
8 (3)
論文タイトル
Precocious metamorphosis in the juvenile hormone-deficient mutant of the silkworm, Bombyx mori.
著者
Takaaki Daimon, Toshinori Kozaki, Ryusuke Niwa, Isao Kobayashi, Kenjiro Furuta, Toshiki Namiki, Keiro Uchino, Yutaka Banno, Susumu Katsuma, Toshiki Tamura, Kazuei Mita, Hideki Sezutsu, Masayoshi Nakayama, Kyo Itoyama, Toru Shimada, and Tetsuro Shinoda
掲載日
2012年3月8日
掲載URL
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pgen.1002486

問い合わせ先

独立行政法人農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域 昆虫成長制御研究ユニット
ユニット長 篠田徹郎
電話・Fax: 029-838-6075
E-mail: shinoda@affrc.go.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室
教授 嶋田 透
電話: 03-5841-8124
Fax: 03-5841-8011
E-mail: toru@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 2眠蚕:
太田ら(1957)によって報告されたカイコの自然突然変異体。通常のカイコは5齢幼虫で蛹に変態するのに対し、「2眠蚕」は3齢または4齢で変態する。このような幼虫の齢数に関する変異体は、モデル生物のショウジョウバエではほとんど知られていないが、カイコにはいくつか存在する。「2眠蚕」は、その代表的な変異体である。
(注2) 幼若ホルモン
幼若ホルモンは、昆虫などの節足動物に特異的に存在するホルモンで、昆虫の脳の近傍に位置するアラタ体と呼ばれる器官で合成される。幼若ホルモンは構造上、セスキテルペノイドという化合物のグループに含まれる。幼若ホルモンは昆虫の脱皮・変態、休眠、行動など、昆虫の様々な形質の発現に関わっている。カイコの幼虫期においては、変態を抑制し、幼虫段階を維持する役割を果たす。すなわち、体内に幼若ホルモンが存在すると、幼虫は幼虫へと脱皮するが、幼若ホルモンが存在しないと、幼虫から蛹へと変態するようになる。
(注3) ホモ接合
ヒトや昆虫など2倍体の動物では、すべての遺伝子座が、母親と父親から受け継いだ遺伝子を対にして持っている。この2つの遺伝子が同一であるときに「ホモ接合」であるという。メンデルの法則によると、「劣性」の遺伝子はホモ接合の場合だけに形質を発現する。2眠蚕の遺伝子modは劣性であり、ホモ接合の個体(遺伝子型をmod/modと表記する)だけが2眠蚕になる。2眠蚕と正常蚕を交配して得られる1代雑種の遺伝子型はmod/+という「ヘテロ接合」の状態になり、2眠の形質は現れない。本研究では2眠蚕どうしを交配して得られるホモ接合の個体だけを用いている。
(注4) チトクロームP450
チトクロームP450は水酸化酵素の一群で、活性部位にヘムを有する。ヘムと結合した鉄の影響で450nmの光を強く吸収するためにP450と命名された。動物ゲノムは数十個のチトクロームP450遺伝子をもち、タンパク質の構造は互いに相同性がある。チトクロームP450は、動物のホルモンの生合成や植物の二次代謝など、多くの重要な生化学反応に関与している。本研究で扱った"CYP15C1"もチトクロームP450のひとつであり、幼若ホルモンの生合成経路の中間産物であるファルネセン酸の二重結合をエポキシ化する反応を触媒する。