哺乳類の心臓および肝臓の形成に必要な新たな遺伝子を発見した。またこの遺伝子が心臓と肝臓の形成過程における細胞の増殖や生存に深く関与している事を明らかにした。
我々の体には様々な臓器が存在し、それぞれが特異的な機能を担っている。心臓は血液を体の隅々に送るポンプの機能を果たし、肝臓はグリコーゲンの貯蔵、血清タンパクやホルモンの合成、解毒機能など代謝調節の中で最も重要な役割を果たしている。これらの臓器に支障が生じた場合、例えば先天な心疾患は幼児の死亡要因の最たるものであることや、成人してからの生活習慣によりこれらの臓器が最も障害を受けやすい事などが知られており、これらの臓器の形成過程の知見はとても重要であると考えられる。現在までにこれら臓器の形成には、あらかじめゲノムに存在する遺伝情報と、周囲からの様々なシグナルによって制御されている事が明らかにされているが、今回我々はこれら臓器の形成に新たな遺伝子が重要な役割を果たしている事を明らかにした。
我々が作成したMab21l2遺伝子欠損マウス(注1)は、心臓と肝臓の重篤な形成不全が認められ、すべて胎児期に死亡する。心臓は胎児期にその前駆細胞が、心室、心房、弁などの組織に分化することによって形成されるが、Mab21l2遺伝子欠損マウスでは、心室などの形成に異常が生じる。また胎児期の心臓は内側から心内膜、心筋層、心外膜(注2)から構成されるが、心外膜は、横中隔(STM)(注3)に存在する細胞が心筋層の外側に移動・分化する事により形成される事が知られている(図1)。Mab21l2遺伝子欠損マウスではこの横中隔が形成されていないため、心外膜がほとんど認められない。さらに横中隔は、近傍に存在する消化管に働きかけて、将来肝臓を形成する肝芽細胞を誘導することが知られているが、Mab21l2遺伝子欠損マウスでは肝臓の形成がきわめて悪い(図2)。このようにMab21l2遺伝子はマウスの心臓と肝臓の形成過程において重要な働きをしていることが明らかとなった。
さらに、Mab21l2遺伝子によって作られるタンパク質の機能を明らかにすることを目的として、Mab21l2遺伝子欠損マウス中の細胞の状態を観察した結果、Mab21l2遺伝子が欠損した細胞では、正常な細胞と比較して、細胞の増殖速度が低下したり、細胞死が生じたりしていることが明らかになった。このことからMab21l2タンパク質は、細胞の増殖や細胞の生存にかかわっていることが明らかになった。
Mab21l2遺伝子は哺乳類の発達過程だけでなく成体でも未分化な細胞で発現しており、食品成分によってその量が変わることも知られていることなどから、本研究が発展すれば、食品の安全性や、生活習慣病(成人病)の予防、さらには再生医療の分野の研究の発展に貢献する可能性がある。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 栄養化学研究室
教授 高橋直樹
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