発表者
金子豊二 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授)
渡邊壮一 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 助教)
古川史也 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程2年)

発表のポイント

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の金子豊二教授らの研究グループは、海水魚がセシウムを鰓の塩類細胞(注1)から排出する機構をもつことを突き止めました。まず、海水飼育したモザンビークティラピア(注2)で、これまで不明であった鰓でのカリウムイオン(K+)排出機構の存在とそのメカニズムを解明しました。次に、生体内においてK+と類似した挙動を示すことが知られているセシウム(Cs+)ならびにルビジウム(Rb+)イオン排出の可能性を検討したところ、海水飼育ティラピアの鰓塩類細胞から両イオンが排出されることが明らかとなりました。過去の知見にみられる海水魚における放射性セシウムの短い生物学的半減期には、本研究により示された鰓塩類細胞からの排出機構が関与すると考えられます。本研究の成果は、魚体内におけるセシウムの動態の全容を解明する上で重要な一歩といえます。

発表内容

海水魚・淡水魚を問わず、真骨魚の血液浸透圧(注3)はヒトとほぼ等しく、海水のおよそ1/3に保たれています。そのため、海水魚では外から塩類が流入して、血液浸透圧が高くなる傾向にあります。ところが実際には、海水魚は鰓の塩類細胞から体内に過剰となるナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)を排出することで、血液の浸透圧を海水よりも低く保つことができます。

鰓におけるカリウム排出機構の解明

海水魚の塩類細胞がNa+とCl-を排出することは古くから知られていますが、私たちは塩類細胞がNa+とCl-に加え、K+を排出することを明らかにし、さらにその分子生物学的機構を解明しました(発表論文1)。

まず、テトラフェニルホウ酸がK+と反応して不溶性の沈殿を生じる現象を利用して、海水飼育したモザンビークティラピアの鰓からK+が排出されることを示しました(図1)。形成された沈殿は塩類細胞の開口部に位置し、マイクロX線分析(注4)による元素分析の結果、沈殿に多量のKが含まれることが示されました。以上の結果から、海水ティラピアの鰓塩類細胞からK+が排出されることが明らかとなりました。次に塩類細胞に発現するK+輸送に関わる分子を検討した結果、塩類細胞の頂端膜に分布するK+輸送体ROMK(注5)を介してK+が排出されることが判明しました。

鰓からのセシウムとルビジウムの排出

一方で、同じアルカリ金属(注6)に属するセシウム(Cs+)とルビジウム(Rb+)は、生体内でK+と似た挙動を示すことが知られています。従って、体内に取り込まれたCs+やRb+がK+と同様に塩類細胞から排出される可能性が考えられます。そこで、Cs+またはRb+を入鰓動脈(注7)から注入した鰓で、上記と同様にテトラフェニルホウ酸で塩類細胞の開口部に沈殿が形成されることを確認後、マイクロX線分析で元素分析を行いました(図2)。その結果、形成された沈殿中にCsとRbが検出され、鰓の塩類細胞からK+と同じように両イオンが排出されることが観察されました(発表論文2)。

以上の結果から、海水飼育ティラピアにおいて、Cs+とRb+は塩類細胞に備わるK+排出経路を介して鰓から排出されることが示されました(図3)。放射性セシウムの生物学的半減期は海水魚で比較的短いことが、過去の報告から知られています。これには、本研究により示された鰓塩類細胞からの排出機構が関与すると考えられます。以上の結果は、魚体内におけるセシウムの動態の全容解明につながるものと期待されます。

なお、本研究は科学研究費補助金(基盤研究(A)、特別研究員奨励費)の支援を受けて行われました。

図1. (a, b)テトラフェニルホウ酸と反応させた海水飼育ティラピアの鰓。形成された沈殿が黒い点(矢じり)として観察される.(b)蛍光色素で塩類細胞を赤く染めた像を重ねた写真。塩類細胞の上に沈殿が形成されていることが分かる.(c, d)沈殿を形成した鰓の走査電子顕微鏡写真(c)とカリウム(K)のマッピング像(d).形成された沈殿(矢じり)にはKが含まれている.バーは20μm.

図2. ルビジウム(a, c, e)またはセシウム(b, d, f)を注入した鰓の走査電子顕微鏡写真(a, b)とマイクロX線分析(線分析)の結果.沈殿が形成された箇所特異的にカリウム(c, d)、ルビジウム(e)、およびセシウム(f)が検出された.バーは10μm.

図3. 海水魚における塩類細胞のイオン輸送モデル.

発表論文1

雑誌名
American Journal of Physiology Regulatory, Integrative and Comparative Physiology 302, R568-R576, 2012; doi:10.1152/ajpregu.00628.2011
タイトル
Potassium excretion through ROMK potassium channel expressed in gill mitochondrion-rich cells of Mozambique tilapia
著者名
古川史也・渡邊壮一・木村 聡・金子豊二

発表論文2

雑誌名
Fisheries Science (in press); doi:10.1007/s12562-012-0492-6
タイトル
Excretion of cesium and rubidium via the branchial potassium-transporting pathway in Mozambique tilapia
著者名
古川史也・渡邊壮一・金子豊二

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水族生理学研究室
教授 金子 豊二
Tel: 03-5841-5286/5289
Fax: 03-5841-5289
E-mail: kaneko31@marine.fs.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 塩類細胞
主に魚類の鰓に分布するイオン輸送に特化した細胞。細胞質にミトコンドリアが多く含まれることからミトコンドリア・リッチ細胞とも呼ばれる。塩類細胞は頂端膜を介して外界と直接接する。
(注2) モザンビークティラピア
アフリカ原産のティラピアの1種。海水・淡水の双方に適応できる広塩性魚で、魚類の浸透圧調節研究に広く使われている。
(注3) 血液浸透圧
浸透圧とは半透膜を隔てて水と水溶液を置いた場合に生じる圧力差と定義される物理化学的用語であるが、血液の浸透圧はもっぱら無機イオン(主にNa+とCl-)によって規定されるため、血液浸透圧は塩分濃度とほぼ同義と考えてよい。
(注4) マイクロX線分析
電子顕微鏡で電子線を試料に照射した際に放出される特性X線を解析することで、試料の表面付近の元素分析を行う手法。
(注5) ROMK
renal outer medullary potassium channel ほ乳類の腎臓で発現することが知られるカリウム輸送体の1種。
(注6) アルカリ金属
水素を除いた、周期表の第1族に属する元素。
(注7) 入鰓動脈
腹大動脈から分岐して鰓に流入する動脈。