植物細胞が水を吸収した時の応答を制御するタンパク質を発見しました。植物を水に浸けると、細胞内におけるこのタンパク質の存在部位が変化し、これにより吸水時の応答が誘起されることがわかりました。
水は全生物に必須であり、移動能力を持たない植物も、乾燥や降雨などの水環境の変化に対して様々な応答を行います。アブシシン酸(ABA)はそれらの応答において重要な役割を持つ植物ホルモンであり、乾燥条件下では植物体内のABA含量が増加し、降雨や多湿など吸水可能な条件下では植物体内のABA含量が低下します。吸水時のABA含量の低下は、ABAを不活性な物質に変換する酵素(CYP707A1/3)の存在量が増加することにより引き起こされることが示唆されていましたが、吸水時になぜCYP707A1/3が増加するかは明らかではありませんでした。我々はモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いてVIP1というタンパク質について解析を行い、VIP1が吸水に応じてCYP707A1/3の存在量を増加させるという証拠を得ました(図1)。
緑色蛍光タンパク質(GFP)に融合した形のVIP1を体内に持つ遺伝子組換えシロイヌナズナを作出し、VIP1の細胞内における存在部位を調べたところ、以下の興味深い現象に気づきました。細胞内よりも溶質濃度が薄い水溶液中に植物を浸けておくと、細胞核におけるGFP蛍光の強度が一過的に高まるという現象です(図2)。植物を浸ける水溶液の溶質濃度を高めるとこのような現象は観察されなかったことから、細胞が吸水可能な条件下でVIP1の核内存在量が増加するということが示唆されました。
核に存在するタンパク質のうち、転写因子と呼ばれるタンパク質は他のタンパク質の細胞内存在量を調節する機能を持っています。我々はVIP1がCYP707A1/3の存在量を調節する転写因子であるか調べました。その結果、VIP1が過剰に存在する時にCYP707A1/3の合成がより活性化される(図3)など、VIP1がCYP707A1/3の存在量の調節に関わるという種々の証拠が得られました。
植物の水環境への適応機構を明らかにすることは、乾燥に強い植物の作出といった応用的観点からも重要です。しかし、植物がいかにして水の利用性あるいは浸透圧の変化を感知するかについては、未解明な点が多く残されています。今後そうした点を明らかにしていく上で、本研究の提供する知見は重要であると考えられます。
東京大学アジア生物資源環境研究センター 環境ストレス耐性機構研究室
准教授 高野哲夫
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