発表者
堀 千明 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 日本学術振興会特別研究員)
五十嵐圭日子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)
鮫島正浩 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授)

発表概要

木材は,セルロース,ヘミセルロースおよびリグニンからなる難分解性のバイオマスですが,多くのきのこが含まれている担子菌門に分類される白色腐朽菌は,地球上で唯一木材を完全分解できる生物です。その性質が,植物性のプラスチックともいえるリグニンを分解するために必須の酵素である「ペルオキシダーゼ」の進化とともに獲得されたことが,31種類の真菌のゲノム配列を比較解析した結果から明らかになりました。さらにペルオキシダーゼのアミノ酸配列を分子時計解析した結果,白色腐朽菌がリグニン分解能を獲得したのは古生代石炭紀末期頃であると推定されたことから,石炭紀からペルム紀にかけて起こったと考えられている有機炭素貯蔵量の急激な減少に,きのこによるリグニン分解能力の獲得が関与していると考えられました。

発表内容

図1 リグニン分解に関わるペルオキシダーゼの構造。赤丸で囲われた部分が今回の解析で注目された活性に不可欠なアミノ酸。 (拡大画像↗

図2 31種類の真菌ゲノム配列を分子時計解析した結果。数字はそれぞれの菌が持つリグニン分解に関わるペルオキシダーゼ遺伝子の数,括弧付きの数字は分岐した年代(単位は百万年)を表す。リグニン分解に関わるペルオキシダーゼの遺伝子数が著しく増加および減少した系統にそれぞれ青線と赤線が引かれている。 (拡大画像↗

木材は,多糖成分であるセルロースとヘミセルロースからなる繊維と,芳香族ポリマーであるリグニンによって構成されており,それらの成分が高次構造を形成しながら充填されることで非常に優れた強度と耐久性を持つ材料となっています。一方自然界では,「木材腐朽菌注1」と呼ばれる担子菌の一種によって,木材は二酸化炭素と水にまで分解されることが知られています。木材腐朽菌は,腐朽後の材色によって白色腐朽菌と褐色腐朽菌に分けられますが,褐色腐朽菌がセルロースやヘミセルロースなどの多糖成分しか分解できないのに対して,白色腐朽菌のみがリグニンを分解できる能力を有していることが知られています。はるか昔古生代の石炭紀では,白色腐朽菌がまだ出現していなかったため木材中のリグニンが分解されずに残り,その結果石炭が蓄積されたと考えられています。

米国クラーク大学,米国ジョイントゲノム研究所,東京大学など12カ国,26研究機関の研究者によって構成される担子菌ゲノム解析コンソーシアムでは,12種類の新たな木材腐朽菌のゲノム配列を明らかにするとともに,これまで公開された19種類の真菌類のゲノム配列を含めて31種類の比較ゲノム解析を行いました。多糖の加水分解酵素や木材腐朽に関連する酸化還元酵素をコードする遺伝子を詳細に解析したところ,リグニン分解に関わるペルオキシダーゼ注2は白色腐朽菌に特徴的に保存されており,これらの酵素は褐色腐朽菌や木材を分解できない他の真菌では存在しないことが分かりました。また,白色腐朽菌では進化の過程でこれらリグニン分解に必須なペルオキシダーゼ遺伝子が複製されて明らかな遺伝子数の増加が起こりましたが,その反対に褐色腐朽菌では進化の過程でリグニン分解に関連するペルオキシダーゼ遺伝子が欠落したことも明らかになりました。さらに,ペルオキシダーゼの反応に欠かせない過酸化水素の供給源と考えられている銅ラジカル酸化酵素などの遺伝子数もペルオキシダーゼの遺伝子数と協調していることが分かり,白色腐朽菌によるリグニン分解能力獲得とこれら酵素の進化が密接に関わっていることが明らかとなりました。

次に,31種類の真菌類ゲノム配列に対して分子時計解析注3を行ったところ,担子菌門からハラタケ亜門が分かれたのは約4億7千万年前から4億3千万年前で,ハラタケ亜門からリグニン分解能力を初めて獲得したハラタケ綱が分かれたのは約2億9千万年前と推定されました。同様の分子時計解析をペルオキシダーゼのアミノ酸配列に対して行ったところ,最初のマンガンペルオキシダーゼ遺伝子は2億9千5百万年前に始まったと考えられたことから,ハラタケ綱の形成とリグニン分解酵素の獲得が良く一致していることがわかります。これらの結果は,最も古い白色腐朽菌の化石がこれまでペルム紀(約2億6千万年前)から見つかっていることとも一致しています。古生代において,ペルモ石炭紀(石炭紀からペルム紀へ移行する時期)に急速な有機炭素貯蔵量の減少が起こっていますが,ハラタケ亜門に属する担子菌がリグニン分解能力を獲得して白色腐朽菌の祖先へと進化する時期とほぼ一致したことは,古生代における炭素循環を考える上で重要な発見です。

発表雑誌

雑誌名
Science (6月29日号)
論文タイトル
The Paleozoic origin of enzymatic mechanisms for decay of lignin reconstructed using 31 fungal genomes (31種類の真菌ゲノムから明らかにされたリグニン酵素分解の古生物学的起源)
著者
Dimitrios Floudas1, Manfred Binder1, Robert Riley2, Kerrie Barry2, Robert A. Blanchette3, Bernard Henrissat4, Angel T. Martínez5, Robert Otillar2, Joseph W. Spatafora6, Jagjit S.Yadav7, Andrea Aerts2, Isabelle Benoit8,9, Alex Boyd6, Alexis Carlson1, Alex Copeland2, Pedro M. Coutinho4, Ronald P. de Vries8,9, Patricia Ferreira10, Keisha Findley11, Brian Foster2, Jill Gaskell12, Dylan Glotzer1, Paweł Górecki13, Joseph Heitman11, Cedar Hesse6, Chiaki Hori(堀 千明)14, Kiyohiko Igarashi(五十嵐圭日子)14, Joel A. Jurgens3, Nathan Kallen1, Phil Kersten12, Annegret Kohler15, Ursula Kües16, T. K. Arun Kumar17, Alan Kuo2, Kurt LaButti2, Luis F. Larrondo18, Erika Lindquist2, Albee Ling1, Vincent Lombard4, Susan Lucas2, Taina Lundell19, Rachael Martin1, David J. McLaughlin17, Ingo Morgenstern20, Emanuelle Morin15, Claude Murat15, Laszlo G. Nagy1, Matt Nolan2, Robin A. Ohm2, Aleksandrina Patyshakuliyeva9, Antonis Rokas21, Francisco J. Ruiz-Dueñas5, Grzegorz Sabat22, Asaf Salamov2, Masahiro Samejima(鮫島正浩)14, Jeremy Schmutz23, Jason C. Slot21, Franz St. John12, Jan Stenlid24, Hui Sun2, Sheng Sun11, Khajamohiddin Syed7, Adrian Tsang20, Ad Wiebenga9, Darcy Young1, Antonio Pisabarro25, Daniel C. Eastwood26, Francis Martin15, Dan Cullen12, Igor V. Grigoriev2*, and David S. Hibbett1*
*責任著者
1 クラーク大学生物学部(米国)
2 米国エネルギー省ジョイントゲノム研究所
3 ミネソタ大学植物病理学部(米国)
4 マルセイユ大学高分子生物学研究所(フランス)
5 スペイン国立研究協議会生物研究センター
6 オレゴン大学植物学植物病理学部(米国)
7 シンシナティ医科大学環境健康学部(米国)
8 ユトレヒト大学微生物学発酵工学ゲノミクスKluyverセンター(オランダ)
9 CBS-KNAW真菌生物多様性センター(オランダ)
10 ザラゴザ大学生化学分子細胞生物学部(スペイン)
11 デューク大学医学センター分子遺伝学微生物学部(米国)
12 米国農務省林産研究所
13 ワルシャワ大学情報研究所(ポーランド)
14 東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻
15 フランス国立農学研究所
16 ゲッチンゲンゲオルグ-アウグスト大学分子木質生物工学(ドイツ)
17 ミネソタ大学植物生物学部(米国)
18 ポンティフィシアカトリック大学生物科学部(チリ)
19 ヘルシンキ大学応用化学微生物学部(フィンランド)
20 コンコルディア大学構造機能ゲノミクスセンター(カナダ)
21 ヴァンダービルト大学生物科学部(米国)
22 ウィスコンシン大学生物工学センター(米国)
23 ハドソンアルファ生物工学研究所(米国)
24 スウェーデン農業科学大学森林微生物学病理学部
25 ナバレ公立大学遺伝子微生物研究グループ(米国)
26 スワンシー大学科学科(英国)

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 森林化学研究室
准教授 五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)
Tel: 03-5841-5258
Fax: 03-5841-5273
E-mail: aquarius@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1木材腐朽菌とは木材の細胞壁を分解する担子菌のことで,腐朽後の材色によって白色腐朽菌,褐色腐朽菌に分けられます。白色腐朽菌が木材の主成分であるセルロース,ヘミセルロース,リグニンを全て分解できるのに対して,褐色腐朽菌はセルロースやヘミセルロースなどの多糖成分を主に分解し,リグニンをほとんど分解しないことが知られています。

注2ペルオキシダーゼとは,ペルオキシド構造を酸化的に切断して2つのヒドロキシル基に分解する酵素の総称ですが,これまでに木材腐朽菌から見つかったリグニン分解に関わるペルオキシダーゼは,全て過酸化水素を基質として反応する酵素です。これまでにリグニンペルオキシダーゼ,マンガンペルオキシダーゼおよび多機能型ペルオキシダーゼが知られています。

注3分子時計解析とは,DNAの遺伝子配列やタンパク質のアミノ酸配列をもとに系統樹を作成し,その結果からある分子進化がいつ頃起こったものかを推測する解析手法です。昨今様々な全ゲノム配列解析が進んでいる中で,実際に化石が発見された時代などと比較することで,その解析精度は飛躍的に向上してきています。