発表者
岩井 徹 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 修士課程2年;当時)
高橋 美智子 (宇都宮大学 大学院 農学研究科 准教授)
小田 紘士郎 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程1年)
寺田 靖子 (高輝度光科学研究センター 主幹研究員)
吉田 薫 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 准教授)

発表概要

図1 フィチン酸(イノシトール六リン酸)の構造 (拡大画像↗

植物は次世代の成長のために種子に大量のリンを蓄積するが、その大部分はフィチン酸(イノシトール六リン酸;図1)として蓄積する。フィチン酸は、強いキレート作用を示し、多くの金属イオンと強固に結合するため、リン貯蔵物質としてだけでなく金属の貯蔵物質としての役割を併せ持つ。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の岩井徹を中心とする吉田薫准教授の研究グループは、イネを材料として栄養学的に重要ないくつかの金属元素について、その転流の時期と種子内における蓄積部位を詳細に調べるとともに、フィチン酸の合成時期や蓄積部位を解析することで、フィチン酸が個々の金属の貯蔵に果たす役割について明らかにすることに成功した。

発表内容

図2  イネ横断種子における各元素の分布状況
リン(P)とカルシウム(Ca)、カリウム(K)、鉄(Fe)は共局在するのに対し、亜鉛(Zn)と銅(Cu)は胚乳内に広く分布する(A)。特に、銅はぬか層にはほとんど蓄積しない(B)。Bは種子側面のぬか層を拡大した図。Aは50µm , Bは1µm間隔で検出した結果。青→赤に従って元素濃度の上昇を表す。
拡大画像↗

植物は次世代の成長のために種子に大量のリンを蓄積するが、その大部分はフィチン酸(イノシトールの六リン酸エステル)として蓄積する。フィチン酸は、強いキレート作用を示し、多くの金属イオンと強く結合するため、リン貯蔵物質としてだけでなく金属の貯蔵物質としての役割を併せ持つ。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の岩井徹を中心とする吉田薫准教授の研究グループは、イネを材料として栄養学的に重要ないくつかの金属元素(カルシウム、カリウム、鉄、亜鉛、銅)の種子内の蓄積におけるフィチン酸の役割について明らかにすることに成功した。

まず、同研究グループは、リンの転流とフィチン酸の合成時期、蓄積部位との関係を詳細に調査した。その結果、イネでは、栄養器官から種子へのリンの転流が活発に行われている時期においても、種子中の遊離したリン酸は常に低濃度に維持されており、転流してきたリンはすぐに種子の外側のぬか層(アリューロン層)近傍でフィチン酸に合成・蓄積されることが明らかとなった。

さらに、同グループは、大型放射光施設(SPring-8)において蛍光X線解析を行い、種子切片上の金属元素の位置を高感度で詳細に明らかにすることで、リンと共局在する金属元素を同定した(図2)。その結果、カルシウム、カリウム、及び鉄の3元素は、種子の成育初期から完熟に至るまで、ぬか層のリンと共局在することから、これら3元素は転流後すぐにフィチン酸と結合してぬか層に蓄積することが明らかとなった。これに対し、亜鉛はぬか層だけでなく、種子内部の胚乳(白米部分)にまで広く分布しており、フィチン酸と結合してぬか層に蓄積する以外に、別の形態で胚乳に存在することがわかった。さらに、銅は種子の成育初期から完熟に至るまでリンとは別の場所で検出されることから、フィチン酸とは結合せずに別の複合体を形成している可能性が高いことが示された。これまで、種子中では、ほとんどの金属イオンがフィチン酸と結合した形で存在すると考えられてきたが、本研究により、生体内ではフィチン酸との結合強度は金属元素によって大きく異なり、無機化学的な結合強度では説明できない法則に従うことが明らかとなった。

ヒトなどの単胃動物はフィチン酸を分解する酵素を持たないため、種子に大量に含まれるリンや金属を消化吸収することができない。これを改善するため、これまで低フィチン酸に向けた育種が行われてきたが、フィチン酸を減少させた場合にフィチン酸と結合していた金属元素の分布が変化する可能性があり、種子における胚形成や胚乳でのデンプン合成などへの影響も懸念される。今回の成果は、植物生理学分野の新しい知見であるばかりでなく、低フィチン酸育種のための基盤として極めて重要な情報である。

発表雑誌

雑誌名
「Plant Physiology」(オンライン版:10月22日)
論文タイトル
Dynamic changes in the distribution of minerals in relation to phytic-acid accumulation during rice seed development
著者
Toru Iwai, Michiko Takahashi, Koshiro Oda, Yasuko Terada, Kaoru T. Yoshida
DOI番号
10.1104/pp.112.206573

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 保全生態学研究室
准教授 吉田 薫 (よしだ かおる)
Tel: 03-5841-8086
Fax: 03-5841-1306
E-mail: ayosida@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp