PIWI-interacting RNA (piRNA)はトランスポゾン (注1)の働きをサイレンシング(抑制)することで、次世代への正確な遺伝情報の伝達を助けている小分子RNAです。piRNAが産生されるゲノム領域はpiRNA クラスターと呼ばれています。その領域にトランスポゾンをはじめとする外来配列が挿入されると、それに該当するpiRNAが産生され、トランスサイレンシングが行われます。本研究では、piRNA産生培養細胞 (注2)であるカイコBmN4細胞を用いたChIP-seq (注3), TSS-seq (注4), およびRNA-seq (注5)により、piRNAクラスターにおけるヒストン修飾や転写様式、および転写ユニットをゲノムワイドに同定することに成功しました。その結果から、piRNAクラスターが新規な外来配列からpiRNAを産生するのに必要な特徴を明らかにすることができました。本成果は、本研究科 生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室、分子細胞生物学研究所 RNA機能研究分野、および新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻ゲノム制御医科学分野の共同研究によるものです。
真核生物の遺伝情報は、生殖細胞 (注6)を通して正確に次世代へと受け継がれます。ところが、真核生物のゲノムには、正確な遺伝情報伝達を妨げるトランスポゾンと呼ばれる利己的因子群が存在します。近年の研究により、この利己的な配列からゲノムを護る特定のゲノム領域が存在することがわかってきました。この領域はpiRNAクラスターと呼ばれ、PIWI-interacting RNA (piRNA)というトランスポゾン抑制に関わる小分子RNAを産生することが 知られています。ショウジョウバエやマウスを用いた研究から、このpiRNA経路に異常が生じると、精子形成や卵形成が正常に行われなくなり不妊になることが明らかになっています。すなわち、piRNAは自身の遺伝情報を次代に伝えるために必須の小分子RNAであると言えます。
これまでのショウジョウバエを用いた一連の研究から、piRNAクラスターはヘテロクロマチンであると言われて来ました、しかしながら、ゲノムワイドにpiRNAクラスターとヒストン修飾との関連を示した研究は皆無でした。その主たる理由は、piRNAが存在する生殖細胞には体細胞も混ざっており、生殖細胞におけるクロマチン修飾状態だけを調査することが困難であったことです。私たちは、2009年にpiRNA産生経路を完全に保持する培養細胞であるカイコ卵巣由来BmN4細胞を世界で初めて発見しました。この細胞はpiRNAが作られる仕組みの解明に貢献してきましたが(2011/9/20プレスリリース参照)、本研究では、ChIP-seq, TSS-seq, およびRNA-seqにより、piRNAクラスターにおけるヒストン修飾や転写様式、および転写ユニットをゲノムワイドに同定することを試みました。その結果、今までヘテロクロマチンであると考えられてきたpiRNAクラスターの一部がユークロマチンの性状を持つことを明らかにしました。また、特定のpiRNAクラスターから転写されるpiRNA前駆体がRNAポリメラーゼIIによって転写され、5'-cap構造や3'-poly Aテイルを保持することも発見しました。これらの結果から、特定のpiRNAクラスターはユークロマチン状態、すなわち転写が活発に行われているヒストン状態であり、それが新たなトランスポゾンの捕獲を効率的に行える理由であると考えられました。
本研究は、科学研究費補助金(新学術領域研究「非コードRNA作用マシナリー」)およびイノベーション創出基礎的研究推進事業「チョウ目昆虫における性操作技術の開発」を受けて行われました。
東京大学大学院農学生命科学研究科
昆虫遺伝研究室
准教授 勝間 進 (かつま すすむ)
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E-mail: katsuma@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp
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