発表者
河岡 慎平 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程3年;当時)
原 加保里 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程2年;当時)
庄司 佳祐 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程1年)
小林 真希 (東京大学新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 博士課程2年)
嶋田 透 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
菅野 純夫 (東京大学新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 教授)
泊 幸秀 (東京大学分子細胞生物学研究所 RNA機能研究分野 准教授)
鈴木 穣 (東京大学新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 准教授)
勝間 進 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
piRNA産生細胞のエピゲノムマップを作成した。
◆新規性(何が新しいのか)
piRNA産生領域(piRNAクラスター)のクロマチン修飾や転写様式をゲノムワイドに解明した。
◆社会的意義/将来の展望
piRNA産生とクロマチン修飾の関係が明らかになるとともに、piRNA経路による外来配列抑制メカニズムの解明が進展する。

発表概要

PIWI-interacting RNA (piRNA)はトランスポゾン (注1)の働きをサイレンシング(抑制)することで、次世代への正確な遺伝情報の伝達を助けている小分子RNAです。piRNAが産生されるゲノム領域はpiRNA クラスターと呼ばれています。その領域にトランスポゾンをはじめとする外来配列が挿入されると、それに該当するpiRNAが産生され、トランスサイレンシングが行われます。本研究では、piRNA産生培養細胞 (注2)であるカイコBmN4細胞を用いたChIP-seq (注3), TSS-seq (注4), およびRNA-seq (注5)により、piRNAクラスターにおけるヒストン修飾や転写様式、および転写ユニットをゲノムワイドに同定することに成功しました。その結果から、piRNAクラスターが新規な外来配列からpiRNAを産生するのに必要な特徴を明らかにすることができました。本成果は、本研究科 生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室、分子細胞生物学研究所 RNA機能研究分野、および新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻ゲノム制御医科学分野の共同研究によるものです。

発表内容

真核生物の遺伝情報は、生殖細胞 (注6)を通して正確に次世代へと受け継がれます。ところが、真核生物のゲノムには、正確な遺伝情報伝達を妨げるトランスポゾンと呼ばれる利己的因子群が存在します。近年の研究により、この利己的な配列からゲノムを護る特定のゲノム領域が存在することがわかってきました。この領域はpiRNAクラスターと呼ばれ、PIWI-interacting RNA (piRNA)というトランスポゾン抑制に関わる小分子RNAを産生することが 知られています。ショウジョウバエやマウスを用いた研究から、このpiRNA経路に異常が生じると、精子形成や卵形成が正常に行われなくなり不妊になることが明らかになっています。すなわち、piRNAは自身の遺伝情報を次代に伝えるために必須の小分子RNAであると言えます。

これまでのショウジョウバエを用いた一連の研究から、piRNAクラスターはヘテロクロマチンであると言われて来ました、しかしながら、ゲノムワイドにpiRNAクラスターとヒストン修飾との関連を示した研究は皆無でした。その主たる理由は、piRNAが存在する生殖細胞には体細胞も混ざっており、生殖細胞におけるクロマチン修飾状態だけを調査することが困難であったことです。私たちは、2009年にpiRNA産生経路を完全に保持する培養細胞であるカイコ卵巣由来BmN4細胞を世界で初めて発見しました。この細胞はpiRNAが作られる仕組みの解明に貢献してきましたが(2011/9/20プレスリリース参照)、本研究では、ChIP-seq, TSS-seq, およびRNA-seqにより、piRNAクラスターにおけるヒストン修飾や転写様式、および転写ユニットをゲノムワイドに同定することを試みました。その結果、今までヘテロクロマチンであると考えられてきたpiRNAクラスターの一部がユークロマチンの性状を持つことを明らかにしました。また、特定のpiRNAクラスターから転写されるpiRNA前駆体がRNAポリメラーゼIIによって転写され、5'-cap構造や3'-poly Aテイルを保持することも発見しました。これらの結果から、特定のpiRNAクラスターはユークロマチン状態、すなわち転写が活発に行われているヒストン状態であり、それが新たなトランスポゾンの捕獲を効率的に行える理由であると考えられました。

本研究は、科学研究費補助金(新学術領域研究「非コードRNA作用マシナリー」)およびイノベーション創出基礎的研究推進事業「チョウ目昆虫における性操作技術の開発」を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Nucleic Acids Research」(12月20日, published online)
論文タイトル
The comprehensive epigenome map of piRNA clusters
著者
Shinpei Kawaoka, Kahori Hara, Keisuke Shoji, Maki Kobayashi, Toru Shimada, Sumio Sugano, Yukihide Tomari, Yutaka Suzuki and Susumu Katsuma
DOI番号
doi:10.1093/nar/gks1275
アブストラクト
http://nar.oxfordjournals.org/content/early/2012/12/18/nar.gks1275.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
昆虫遺伝研究室
准教授 勝間 進 (かつま すすむ)
TEL: 03-5841-8994, FAX : 03-5841-8993
E-mail: katsuma@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp
Web: http://papilio.ab.a.u-tokyo.ac.jp/igb/index.html

用語解説

(注1) トランスポゾン
ゲノム中を自由に転移する能力をもつDNA配列の総称。トランスポゾンの転移によって、ゲノム上の重要な配列の構造が破壊されることがある。
(注2) 培養細胞
生体組織に由来する半不死化細胞のこと。適切な条件であれば長期間安定的に培養することができる。
(注3) ChIP-seq
染色体免疫沈降法(Chromatin immunoprecipitation, ChIP)によって特定のタンパク質に結合するゲノム断片を取得し、それを次世代シークエンサーによって塩基配列の決定を行う手法。
(注4) TSS-seq
次世代シークエンサーによって転写開始点(Transcription start site, TSS)を決定する手法。
(注5) RNA-seq
次世代シークエンサーによって転写産物の配列を決定する手法。
(注6) 生殖細胞
次世代へとゲノム情報を伝える役割を担う細胞。