ヨーロッパアワノメイガ由来の還元酵素の453番目のアミノ酸残基をシステイン(C)からフェニルアラニン(F)に、またアワノメイガ由来の酵素の同じく453番目のアミノ酸残基をフェニルアラニン(F)からシステイン(C)に置換した時、還元酵素により生成される物質の比率が相互に入れ替わることが示された。この結果より453番目のアミノ酸残基が性フェロモンの成分比率(組成)の制御に重要であることが示された。 (拡大画像↗)
蛾類のメスは性フェロモン(注1)により同種のオスを誘引します。この性フェロモンは種ごとにその組成(成分とそのブレンド比)が異なり、別種のオスが間違って誘引されないようになっています。性フェロモンの生産には複数の酵素(注2)が関与し、これらが順次作用して種固有の性フェロモンを合成しています。この生合成酵素の一つに、フェロモンの原料である長鎖脂肪酸誘導体をアルコールに変化させる還元酵素があります。この還元酵素は性フェロモンの組成を最終的に決める重要な酵素であると考えられていましたが、この酵素のどの部位の変化がフェロモンの組成に影響するのかはわかっていませんでした。
我々は、農業上重要な害虫を含むアワノメイガ類8種からこの還元酵素の遺伝子をクローニングし、この酵素を酵母発現系で作りだしてその機能を解析した結果、アミノ酸配列のわずかな違いが還元酵素の特性に影響していることが推測されました。そこで、酵素活性に直接関わると予想される部位を絞り込み、特定のアミノ酸残基を人為的に変化させた酵素を作製して機能を解析した結果、453番目のアミノ酸残基がC(システイン)であるかF(フェニルアラニン)であるかで異なる酵素活性を示すことがわかりました。この結果は、蛾類の種分化に重要な影響を及ぼしたと考えられる性フェロモン組成の変異の原動力の一つが、還元酵素のアミノ酸レベルでの変異であったことを示しています。
本成果は、本研究科 生産・環境生物学専攻 応用昆虫学研究室、独立行政法人農業環境技術研究所 生物多様性研究領域とルンド大学(スウェーデン王国)フェロモン研究グループの共同研究によるものです。また、本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用昆虫学研究室
教授 石川 幸男
TEL: 03-5841-1851, FAX: 03-5841-5061
E-mail: ayucky@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
(注1) 蛾類のメスは、その腹部から性フェロモンと呼ばれる匂いを発して同種のオスを誘引します。性フェロモンはほとんどの場合、複数の成分から構成されています。性フェロモン成分の多くは脂肪酸の誘導体ですが、炭素鎖骨格の長さ、二重結合の位置と幾何異性、官能基の種類が重要な識別情報を与えるほか、成分のブレンド比(組成)が同種であることの認識にとって重要です。
(注2) 多くの蛾類のメスの腹部末端には性フェロモン腺と呼ばれる分泌腺が存在しており、性フェロモンの生合成に必要な酵素群が発現しています。性フェロモンの生合成に関わる酵素としては、本研究で扱った還元酵素の他に、脂肪酸β酸化酵素、不飽和化酵素(→参考:http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2011/20110329-1.html)、アセチル基転移酵素などが知られています。