多くの細菌では主要シグマ因子をコードする遺伝子は、通常の生育時において、主要シグマ因子自身を含むRNAポリメラーゼによって転写されることが示されており、これは全ての細菌において普遍的であると考えられてきました。私たちは今回、抗生物質生産細菌として有名な放線菌においては、主要シグマ因子をコードする遺伝子の転写に別のシグマ因子が用いられていることを発見し、これまで普遍的であると考えられてきた主要シグマ因子遺伝子の発現システムが放線菌では異なることを明らかにしました。さらに、この放線菌特有のシステムが、細胞の増殖のみならず、定常期での細胞の生存、そして放線菌の特徴である抗生物質生産や形態分化にも重要であるというモデルを提唱しました。
図1 多くの細菌では、主要シグマ因子をコードする遺伝子は主要シグマ因子自身を含むRNAポリメラーゼによってプロモーターが認識され転写されます。一方、放線菌では主要シグマ因子遺伝子の転写にECFシグマ因子が使われていることが明らかになりました。 (拡大画像↗)
図2 Molecular Microbiology, Volume 87, Number 6の表紙。本論文で解析したECFシグマ因子遺伝子破壊株の写真が使用されました。この株は生育が極端に悪くなり、寒天培地上で非常に小さなコロニーを形成します(左上の写真)。また、菌糸が寒天培地中に入り込むことができず、上方向に盛り上がっていきます。右上の写真は、この株のマイクロコロニーを走査型電子顕微鏡で観察したものです。下の写真はコロニー外辺の菌糸の走査型電子顕微鏡像です。 (拡大画像↗)
RNAポリメラーゼはDNAを鋳型にRNAを合成する酵素(言い換えれば転写を行う酵素)であり、RNAポリメラーゼが遺伝子上流のプロモーター部位に結合することで転写が始まります。細菌のRNAポリメラーゼでは、構成サブユニットの1つであるシグマ因子がプロモーターの認識に関わっています。ほとんどの細菌は認識配列の異なる複数のシグマ因子をもち、これらを使い分けることによって細胞の生理状態に応じた遺伝子発現を可能にしています。一方、細菌の生育に必須な遺伝子群(例えば転写や翻訳に関わる遺伝子など)は常に発現しており、ハウスキーピング遺伝子とよばれています。ハウスキーピング遺伝子の転写に用いられるシグマ因子は主要シグマ因子とよばれており、細菌細胞内で常に生産されている必要があります。主要シグマ因子をコードする遺伝子は、通常の生育時において、主要シグマ因子自身を含むRNAポリメラーゼによって転写されることが複数の細菌種によって明らかにされており、このシステムは全ての細菌において普遍的であると長年考えられてきました(図1)。
今回、私たちは、ストレプトミセス属放線菌(注1)に高く保存されるECFシグマ因子(注2)であるシグマShbAの機能について、ストレプトマイシン生産菌であるストレプトミセス・グリセウスにおいて解析し、このECFシグマ因子が主要シグマ因子遺伝子の転写に大きく寄与していること、すなわち、主要シグマ因子自身ではなく、主にシグマShbAが主要シグマ因子遺伝子の転写に使われていることを明らかにしました(図1)。
更にこの放線菌に特有の主要シグマ因子遺伝子の発現システムの意義を見出すため、他の細菌と同様に主要シグマ因子遺伝子が主要シグマ因子自身を含むRNAポリメラーゼによって転写される放線菌株を作製しました。この株では、定常期での主要シグマ因子の存在量が減少するとともに、細胞死のタイミングが早まることが観察されました。またストレプトマイシン生産量の著しい減少と形態分化(胞子形成)の遅延も観察されました。これらの結果から、この放線菌特有の主要シグマ因子遺伝子の発現システムは、細胞の増殖時のみならず、定常期での細胞の生存、そして抗生物質生産や形態分化にも重要であることが示唆されました。
本研究成果は細菌のハウスキーピング遺伝子の発現制御に新しい概念をもたらすものであり、放線菌の分子遺伝学においても非常に重要であると考えています。なお、本研究において作製したECFシグマ因子遺伝子破壊株の写真はMolecular Microbiology誌(WILEY-BLACKWELL出版)掲載号の表紙に採用されました(図2)。
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 醗酵学研究室
教授 大西康夫
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