私たちが食べる食品の味は、口腔内の
図1 WGAタンパク質輸送の模式図 (拡大画像↗)
図2 免疫組織染色法によるWGAタンパク質の輸送解析 (拡大画像↗)
味蕾で発現したWGAタンパク質は味神経を介して味覚の高次中枢まで運ばれ、神経回路をより詳細に標識できた
食品の味は、味蕾中の味細胞で受容される。味蕾では、5つの基本味(甘味、旨味、苦味、酸味、塩味)の味は別々の味細胞で受容されることが近年明らかになってきた。一方、味の情報伝達と認識に関わる神経細胞の詳細は未だ不明である。近年、神経トレーサー(注2)である小麦胚芽レクチン(wheat germ agglutinin, WGA)を遺伝子工学的に味細胞に発現させて、味の情報伝達と認識に関わる神経細胞の可視化が試みられている(図1)。当研究室ではこの技術をマウスに適用し組織化学的解析により、甘味・旨味および酸味の情報伝達経路を味覚1次中枢まで標識することに成功した。本研究では、より高次中枢までの標識を目的として、マウスに代えて小型魚類であるメダカを実験動物に用いて解析を試みた。メダカはマウスに比べ味蕾の数が約5倍と多い一方で、脳の大きさは約125分の1と非常に小さいため、より多く発現したWGAタンパク質が脳へ輸送される過程で濃縮され、より高次中枢まで到達することを期待して解析に用いた。
まず味蕾細胞にWGAを発現する遺伝子導入メダカの作出を行った。旨味・苦味受容細胞を含む味蕾細胞に強く発現するメダカホスホリパーゼC-β2(注3)の転写制御領域を用いることで、旨味・苦味受容細胞を含む味蕾細胞特異的にWGAを発現する遺伝子導入メダカを作出した。
次に、この遺伝子導入メダカに対して、味蕾細胞から味神経および味覚中枢へ輸送されたWGAタンパク質を免疫組織染色法により解析した。その結果、まず一部の味蕾細胞でのWGAの非常に強い発現と、味神経への輸送が観察された。続いて、成魚の脳で解析を行ったところ、延髄領域では、味神経と接続する味覚1次中枢である顔面葉、迷走葉(XL)の一部の細胞群でWGAタンパク質の局在が観察された。また、餌の反射的な嚥下に関与する神経核においてもWGA陽性細胞群が検出された。次に、より高次の中枢においても観察を行ったところ、味覚2次中枢である峡の第2味覚核(NGS)、味覚3次中枢である視床下部の下葉分散核(NDLI)や糸球体第3味覚核の一部の細胞群においてもWGAタンパク質が検出された。さらに終脳領域では、哺乳類の味覚の高次中枢である大脳皮質味覚野に対応すると考えられている神経核においてもWGA陽性細胞群が検出された(図2)。これらの陽性細胞のシグナル強度は成長とともに強まり、さらに高次中枢まで到達することも明らかとなった。
以上のように、メダカを用いることによりマウスでは達成できなかった、末梢の味受容細胞から味の認識に至るまでの情報伝達・処理に関わる神経細胞群の標識に成功した。
本研究は、科学研究費補助金(特別研究員奨励費、若手研究(A)、若手研究(B)、基盤研究(B)、基盤研究(C)、挑戦的萌芽研究)、食生活研究会、飯島記念食品科学振興財団、ソルト・サイエンス財団、うま味研究会、最先端・次世代研究開発支援プログラムからの研究費を受けて行われた。
東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
准教授 三坂 巧
Tel: 03-5841-8117
Fax: 03-5841-8118
E-mail: amisaka@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
前橋工科大学
工学部生物工学科
准教授 安岡 顕人
Tel: 027-265-7374
Fax: 027-265-7374
E-mail: yasuoka@maebashi-it.ac.jp