発表者
刑部 祐里子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 講師;当時、独立行政法人理化学研究所環境資源科学研究センター機能開発研究グループ 研究員)
有永 直子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程;当時)
梅澤 泰史 (独立行政法人理化学研究所植物科学研究センター機能開発研究グループ 研究員;当時)
桂 彰吾 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程)
長町 啓太 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程;当時)
田中 秀典 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程;当時)
大開 暖香 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程;当時)
山田 晃嗣 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程;当時)
Seo Souk (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程)
安保 充 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 講師;当時)
吉村 悦郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)
篠崎 一雄 (独立行政法人理化学研究所植物科学研究センター センター長)
篠崎 和子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)


発表概要

植物の生長と乾燥ストレスへの耐性の両方を調節している細胞内外のカリウムイオンの運搬に働く輸送体を発見しました。乾燥ストレスに重要な植物ホルモンアブシジン酸(ABA)注1)のシグナル伝達によって、カリウムイオン輸送体が直接的に制御されることを初めて明らかにしました。カリウムイオン輸送の調節により、環境悪化に対応した作物の育種が期待できます。

発表内容

図1. KUP6カリウム輸送体による細胞の膨圧調節 (拡大画像↗

図2. KUP6遺伝子高発現による乾燥ストレス耐性能の向上 (拡大画像↗

図3.乾燥ストレス下でのABAシグナル伝達によるKUP6カリウム輸送体のリン酸化による調節が示唆された。陰イオンチャネルSLAC1は、ABAシグナル伝達経路によるリン酸化を受け、輸送活性が制御され、気孔閉鎖を誘導することが示されている。 (拡大画像↗
 

いったん根付くとその場所を動くことのできない植物は、外界の環境に応じて様々な応答反応を行っています。特に、土壌の水分条件をどのように感知して応答するかは、植物の生存や生産性に大きく影響するために、その機構を明らかにすることは大変重要です。私たちは細胞の膨圧の制御を行うカリウムイオンに着目し、カリウムイオン輸送体によって、乾燥ストレス下の植物の細胞の水分状態がどのように調節されるかを調べました。

私たちは、カリウムイオン輸送体KUP6、および相同性遺伝子からなるファミリー遺伝子注2)群と、植物の蒸散作用を調節することが示されているカリウムチャネルGORK遺伝子について、これらの遺伝子を重複して破壊した多重変異植物体注3)を作出し、その水分応答性を解析しました。多重変異体は細胞が大きく肥大し、植物体も大きくなりました。これは細胞にカリウムイオンがより取り込まれ、細胞の膨圧が高まったためと考えられました(図1)。また、変異体を解析することで、植物の水分吸収に重要な根では、KUP6ファミリー遺伝子群は生長に重要な植物ホルモンであるオーキシンのシグナルを抑えることで、側根の発達を抑制することが分かりました。乾燥ストレス下ではKUP6ファミリー遺伝子群の発現が高まり、カリウムイオン輸送が調節されることで植物の生長が制御されることが初めて明らかになりました。

さらに、KUP6ファミリー遺伝子の多重変異体は、気孔注4)開閉等の水分を効率よく利用するための制御ができないために乾燥ストレスに弱く、一方でKUP6遺伝子の過剰発現植物体は水分損失の速度がゆるやかなためストレス耐性能が向上していることが示されました(図2)。これらのことから、カリウムイオン輸送体KUP6ファミリー遺伝子は、乾燥ストレス下で根における水分状態や気孔の開閉を制御する新しい因子であることが明らかになりました。

カリウムイオン輸送体KUP6ファミリーの変異体は、乾燥ストレス応答に重要な植物ホルモンであるABAへの感受性が低下していました。そこで、私たちはABAのシグナル伝達経路を介してKUP6の機能制御が行われる可能性を考え、研究を進めました。その結果、ABAのシグナル伝達経路でメインスイッチとして働くことが示されているタンパク質リン酸化酵素SnRK2の一つであるSRK2Eが、KUP6タンパク質の細胞内ドメインをリン酸化することを突き止めました。これによりKUP6の機能がABAによって制御されている可能性が示唆されました(図3)。

本研究では、植物ホルモンABAのシグナル伝達経路を介して制御されるカリウムイオン輸送体が、植物の乾燥ストレス耐性をコントロールしていることを初めて明らかにしました。また、カリウムイオン輸送体遺伝子の利用により、乾燥地域などの劣悪環境に対応した作物の育種の可能性を示しました。

本研究は、独立行政法人理化学研究所と共同で行われ、生物系特定産業技術研究センター「イノベーション創出基礎的推進事業」および科学研究費補助金「新学術領域研究」の研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
The Plant Cell, 25(2) 609-624 (2013).
論文タイトル
Osmotic stress responses and plant growth controlled by potassium transporters in Arabidopsis.
著者
Osakabe, Y., Arinaga, N., Umezawa, T., Katsura, S., Nagamachi, K., Tanaka, H., Ohiraki, H., Yamada, K., Souk, S., Abo, M., Yoshimura, E., Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K.

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻
植物分子生理学研究室
教授 篠崎 和子
Tel: 03-5841-8137
Fax: 03-5841-8009
E-mail: akys@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
URL: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/index.html

用語解説

(注1) アブシジン酸(ABA)
ABAは、乾燥などのストレス時に植物体内で合成され、気孔の閉鎖を誘導したり、ストレス耐性の獲得に機能している遺伝子群の発現を制御している植物ホルモンである。また、種子の成熟や休眠においても重要な機能を果たしていることが示されている。ABAに関与するシグナル伝達経路はリン酸化/脱リン酸化によって制御されており、プロテインキナーゼSnRK2やフォスファターゼPP2Cが重要な機能を果たしていることが明らかにされている。
(注2) ファミリー遺伝子
構造や配列が類似している遺伝子群やグループであり、進化系統学的に共通の祖先より多様化した遺伝子として分類される。
(注3) 多重変異植物体
複数の遺伝子に変異を生じさせた植物体。
(注4) 気孔
植物の葉の表皮に存在する小さな穴で、主に光合成、呼吸および蒸散のために、外部と気体の交換を行う目的で使用される。2つの孔辺細胞により形成されており、孔辺細胞の大きさや形が細胞膨圧の調節により変化することで、気孔の開閉が制御される。